LIBRARYパリ12ヶ月雑記帖2023.10.31

パリ12ヶ月雑記帖 “octobre” —守屋百合香

パリと東京を行き来しながら活動するフラワースタイリストの守屋百合香さんが、小さな息子とパティシエの夫と暮らしているその日々を綴る「パリ12カ月雑記帖」。秋が駆け足で過ぎていく10月のパリの日々をお届けします。

10月某日。晴れ。
ファッションウィーク終盤、某ブランド主催のイベントに花をしつらえる。シャンパンのテイスティングとディナーの間の20分間で会場装花を入れ替えるなど、設営には緊張感があるが、アシスタントと協力して作業を終える。イベント装花の仕事を任せてもらえるようになって一年だが、毎回、デザイン案の段階からチームとの綿密なやりとりを積み重ねて当日を終えると、特別な充実感がある。
仕事を終えると夜10時を過ぎていた。セーヌ川沿いに街灯がきらめいているのを横目に見ながら、帰宅する。

10月某日。快晴。
数日ぶりに青空が広がった、日曜の午後。ヴォージュ広場へ散歩に出ると、束の間の日光浴に情熱を燃やすパリジャンたちによって、芝生はすでに占拠されていた。息子が家の玩具箱の奥から引っ張り出してきたゴム風船をいくつか持ってきていたので、膨らませて遊ぶ。
黄葉がはじまった木立を縫うようにして、黄色い風船が低く、ふわりふわりと飛んでゆく。そのおぼつかない飛行は、どこか息子の幼い頃の足取りを想い起こさせる。風船を追う後ろ姿が、不意に、つよい逆光に飲み込まれて見失いそうになり、目を細めた。パリの秋は短く、美しく、理由もなく涙腺を緩ませる。

10月某日。曇り。
幼稚園へ迎えに行った帰り道、近所のギャラリーの前に人だかりができていた。混雑を避けて通ろうとすると、ギャラリーの女性に手招きされ、ショーウィンドウの前に立つようにと呼びかけられる。そこでは、街行く人々がウィンドウを覗き込む顔を、ガラスの反対側から写し取るように描いていくという、Gelitinというアーティスト集団によるライブパフォーマンスの最中で、息子の顔もそこに加わった。こんなふうにアートが身近にあるのは、パリの好きなところの一つだ。
翌日、改めてギャラリーの前を通って見ると、新たな感情が湧いてきた。さまざまな肌の色、髪の毛、服装をまとった個性的な顔、顔、顔。誰しもが、何者かである必要もなく、ありのままを肯定され、生き生きとしている。これもまた、私がパリを好きな理由の一つ。その中に、息子の小さなポートレイトもあった。

10月某日。曇り。
年始に友人と一緒に仕込んだ味噌の瓶を開封する。初めての経験なので、うまくできているのか心配だったが、無事に熟成していた。早速その晩、自家製味噌で味噌汁を作り、やはり市販のものとは違う(ような気がする)、と自画自賛。
来週から、幼稚園は2週間の秋休みに入る。新学期が始まってからまだ2ヶ月も経っていないというのに、噂に聞くフランスの学校の休みの多さを実感する。ちなみに12月はもちろん、ノエル休暇だ。休暇の間もCentre de loisirs(ソントル・ド・ロワジール、通称ソントル)という、学校と提携した学童保育のようなものがあり、希望すれば平日は終日預かってもらえるのだが、義務教育の幼稚園とは違い登園日や時間に融通がきくので、できるだけ調整して家族の時間を多くとりたいと思っている。

10月某日。曇りのち雨。
最近、息子の中で“La ferme(牧場)”がブームだ。先週は、幼稚園に移動式牧場が来たり、牧場にまつわる絵本を読む“牧場特集”だったらしく、家でも目下お気に入りの童謡は“Dans la ferme de mathurin(ゆかいな牧場)”である。そこで、夫の休日に合わせて、パリから車で2時間弱のところにある子ども向けの牧場Malowe Natureへ家族で出かけた。
ウサギや山羊、アヒル、孔雀、豚、ポニーなどの動物たちが、自由に歩き回り、のんびり過ごしている。動物とのふれあいもさることながら、牧場内の自然も素晴らしい。池の水面に木々が映り、少し霞がかった空気に動物の鳴き声が鈍く響く。足音を吸い込む湿った草の上を歩いていると、心身がひととき現実から切り離されるようで、癒された。

10月某日。雨のち曇り。
夕方、ソントルへ迎えに行くと、翌日ハロウィンパーティーがあることを知る。仮装は任意とのことで、雑貨店へ向かい、売り場に並んだコスチュームを見せて息子に仮装したいかと聞くと、「パピヨン(蝶)がいい!」と選んだのは、ピンク色の妖精の羽。一応、同じ羽ならコウモリもあるよと見せてみたが、彼の心はすでに決まっていたようだ。
息子自身が仮装に興味を示さなければやらなくて良いと思っていたが、中央に星の飾りがついた、ラメがきらきら光る可愛らしい羽は、確かに彼によく似合うだろうと思ったし、彼が自分らしい選択をできたことが誇らしかった。クマの帽子もかぶって、もはやクマなのか蝶なのか妖精なのかわからないのだが、道ゆく人にも幼稚園でも「かわいい蝶々さん!」と声をかけてもらって、とりあえず息子は一日ご満悦の様子だった。

【今月の花】
紫式部

紅葉とともに、色づいた実ものも豊富な季節。紫式部は、フランボワーズのようなつぶつぶの実が可愛らしい。直線的な枝の印象が強いのでアレンジに入れるときには気をつかうのだが、ランジス市場の生産者コーナーに出ている葉つきの紫式部は、枝も細く、たおやかなシルエットを描いている。葉はすぐに萎れてしまうのと、実を目立たせるために、仕入れた後は葉をほとんど取り除いて、より繊細さを活かすようにする。

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

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