LIBRARYパリ12ヶ月雑記帖2023.01.31

パリ12ヶ月雑記帖 “janvier” —守屋百合香

パリと東京を行き来しながら活動するフラワースタイリストの守屋百合香さんが、小さな息子とパティシエの夫と暮らしているその日々を綴る「パリ12カ月雑記帖」。キリリと冷える冬のパリらしい日常の様子のなかに、グレーの景色によく映える花々を添えて。

1月某日。快晴。
年が明けて、初詣がわりにとサクレ・クール寺院へ家族で出掛けた。モンマルトルの丘の上にそびえる真っ白の寺院は、いつもパリの街を見守ってくれているように思えるのだ。
メリーゴーランドのある麓から頂上までの長い階段で、あっという間に足が重くなり、今年こそは運動しようと胸に誓う。やっと頂上に着き振り返ると、街全体を午後の陽光が広く照らしていて、新年早々、幸先良さそうな気分になる。帰り道、木々の間から見えたエッフェル塔も遠くで輝いていた。
 

1月某日。曇り。
数年振りのルーヴル美術館。“LES CHOSES”という企画展を観に行った。スティル・ライフ=静物画をテーマにしていて、花の絵も多く展示されていた。絵の「背景」や「アクセサリー」としてではなく描かれた、枯れた花や奔放に咲き乱れる花たちからは、躍動する生命のリズムを感じられた。また、花や果物を彫刻的に捉えて再構築し、表現するところなど、花仕事に通じており共感した。
展示の各所で、言い方を変えながらも強調されていたのは「MEMENTO MORI」の概念。実は、動物の遺体やウジの湧いた骸骨をモチーフにした絵など、つい直視できず足早に通り過ぎてしまったコーナーもあった。しかしながら、生命というのは、皮を一枚剥げば血と肉と骨でできていて、ドロドロしていて気持ちの悪いものなのだ。そして、死と向き合わずして生きることはできない。ルーヴルを出て、感じたことを整理しながら、パレ・ロワイヤルを通ってオペラ界隈をのんびり散歩した。
 

1月某日。晴れ。
好きな現代アーティスト、Coco Capitanが昨夏以来にYvon Lambertに来るというので、彼女をイメージして束ねた花を渡した。
Cocoの好きなブルーのムスカリと勿忘草、そして芳しくて儚い、純白の水仙を添えた。前回も息子と一緒に会ったのだが、この半年の間にブーケを「どうぞ」と渡すことができるほど大きくなった。同時にエネルギーもパワーアップしており、人が多いところで走り回ったり大声で歌い始めたりするので親は頭を抱えたが、周囲の人たちは皆温かく、次々に息子と遊んでくれて、ありがたかった。
 

1月某日。雨。
友人宅で、初めての味噌作りを体験。パリ在歴が長くなってくると、納豆や味噌などこちらで手に入りにくい日本食材は「ないなら作ろう」という考え方になる人が多いように思う。
友人が既に大豆を茹でておいてくれていたので、丁寧に潰してペースト状にし、麹と塩を混ぜ、それを空気が入らないよう気をつけながら瓶に詰めた。酒粕を敷いて蓋をして、最後に友人曰く、おまじないにと唐辛子を乗せて、出来上がり。冷暗所で発酵させて、順調にいけば、半年後には自家製味噌が完成する予定だ。味噌作りの後には皆で新年を祝い、ガレット・デ・ロワを食べた。

1月某日。小雨。
ついにパリで初運転の日が来た。カーシェアリングシステムUbeeqoを利用し、ランジス花市場まで往復した。
昨年末イギリスで運転したときは、日本と同じ右ハンドルだったことや、田舎道だったこともあって、意外とストレスなく運転できた。しかし、今回は左ハンドル。それに伴って交通ルールなども若干ずつだが異なる箇所が多い。そもそも交通ルールは「あってないようなもの」のパリの街だから、終始緊張した。
ロン・ポワン(円形交差点)は避けたいと願っていたけれど、いざ運転してみると、街の至る所にロン・ポワンがあるため、一日のうちに何度も通らざるを得ない。しかし、想像していたよりは難しくなく安堵した。市内を出てからランジスまでの国道は皆ものすごく飛ばすので、速度を守ってゆっくり走っていると容赦なくクラクションを鳴らされる。何度か道も間違えながら、なんとか無事に花の仕入れを終えた。

1月某日。曇り。
少し暖かくなってきたかと思っていた矢先、ファッションウィーク開幕と同時に寒波が再来し、極寒のパリに戻ってしまった。
年金受給開始年齢を引き上げる法案に反対する、とても大きなストライキが行われたため公共交通機関はほぼ全てストップ。配達はできる限り徒歩で行くことになり、寒さが堪える。今回のストは、自身の将来の生活に関わる問題なので若い人も多く参加していて、身近な人たちもSNSで「私もデモ行進に参加します!」と声をあげていた。市民と政治の関係がきちんと繋がっていて、あるべき姿だと感じるが、せめて翌週にして欲しかったと一人ぼやく。
装花の合間にセーヌ川を渡り、絵画のような色調に目を奪われた。夏の青空も、秋の黄金色に染まる並木道も、そしてこの季節の、切なさをおぼえるグレーのパリも好きだ。
 

 
 
【今月の花】
木蓮

 

 
先日ファッションウィークの装花で、大きな木蓮(magnolia=英語だとマグノリア、フランス語だとマニョリアと読みます)の枝を活けた。装花先の方々も愛でてくれて、日々、開花状況を教えてくれた。固い蕾が膨らみ出した頃にショールームは撤収となり、枝を自宅に持ち帰って活けていたら、ある朝、一斉に蕾が綻び出して、午後には満開になっていた。嬉しくなって、彼ら一人一人の顔を思い浮かべて連絡した。力強い枝振り、そして寒風に耐え抜き堂々と咲く花は、生きる喜びを謳っているようだ。

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

text&photo: Yurika Moriya

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