おいしいおはなし第50回『銀の森のパット』ほっとする豆のスープ

『赤毛のアン』でカナダ・プリンスエドワード島に憧れを抱いた人にぜひ読んでほしいのがこの『銀の森のパット』。かつて、『赤毛のアン』を読み終わったころに図書館で「あ、同じ作者の本だ」と手に取ったのが、私のこの本との出会いです。主人公の少女が見よう見まねでバターを作るシーンが忘れられなかったのですが、長らく絶版でそのディテールを確認することが叶わず、「あれを読んだのは夢だったの!?」と嘆いていたら、2012年に新訳で角川文庫から復刊され、おはなしと再会することができました。
『銀の森のパット』もプリンスエドワード島が舞台ですが、主人公のパットは大家族に囲まれた末っ子で、銀の森屋敷に暮らしています。銀の森屋敷は四季折々に表情豊かな樹木や花々、畑や果樹園に囲まれていて、それはうっとりするほど美しく、パットが幼少期からずっとここを自慢に思っているのもわかります。その美しい屋敷を舞台に、7歳で登場したパットが18歳になるまでの日々が綴られます。それは、大家族が暮らす家を舞台に繰り返されるあらゆる出会いと別れの物語であり、普遍的な成長譚です。だからずっと昔の遠い外国の物語に夢のような憧れを感じながらも、どこか親近感を感じて夢中になったのかもしれません。
主人公のパットは、愛する銀の森屋敷の悪口を言う人を絶対に許しません。思春期になったパットのボーイフレンドがぽろっと銀の森屋敷を《古ぼけた、みすぼらしい家》と言ってしまった途端、パットの恋は一瞬にして冷め、《二度と口を聞かないで》と言い放ちます。その姿は、『赤毛のアン』でアンが自分をからかったギルバートに激怒し石盤をその頭に打ち下ろした事件を思い出させますが、訳者あとがきによると、作者のモンゴメリはこのパットのことを《わたしがこれまで生み出したヒロインのだれよりも、わたしに近い》(573頁)と言っているそうです。銀の森屋敷そのものも実在していて、モンゴメリのいとこたちが住んでいた家だとか。この『銀の森のパット』で屋敷やその周辺の自然の美しさが格別丹念に描かれているのは、モンゴメリ自身の銀の森屋敷への思いの表れなのかもしれません。

さて、物語には、銀の森屋敷に暮らすガードナー家の面々だけでなく、親戚や街の人、同級生など、登場人物がとにかく多いのですが、子どもの頃に読んだ時も、大人になって読み返しても、主人公以上に圧倒的な存在感で魅力的なのが、ジュディばあやです。
ジュディ・プラムは銀の森屋敷にパットのお父さんが子どもの頃から働いている女性で、家族の一員であり、屋敷や家族の歴史を知り尽くしています。アイルランド出身で訛りのきつい英語を話し、独特のワードセンスとユーモア、そして生活の智恵を持っています。何か事件が起きると、ジュディは「そういえばこんなことがあった」とか「あの時はもっと大変だった」とかの昔話や、幽霊話に言い伝えなどを子どもたちに披露します。それはたいてい台所です。児童文学には素敵な台所がたびたび登場しますが、このジュディの台所は1、2を争う素敵な場所です。
《壁は雪のように白く塗られていたし、ストーブはぴかぴかだ。(中略)窓辺にはジュディが丹精して育てたゼラニウムが咲き誇っている。ストーブとテーブルの間には、大きな暗赤色のフックト・ラグがおいてあり、絵柄は三匹の黒猫だ。(中略)ジュディが飼っている、生きている方の黒猫はベンチに座って、何やら考えにふけっている。》(65頁)
このジュディの台所にはいつもいい匂いが漂っていて、楽しいことがあった日も悲しいことがあった日も、ジュディは子どもたちにおいしいものを食べさせてくれます。バターたっぷりの目玉焼き、アップルケーキ、ミートパイ、ハムステーキに骨付き肉……。なかでも数回登場するのが、豆のスープです。大好きなおばが結婚して銀の森屋敷から去ってしまった夜、落ち込んで食欲のないパットに台所で豆スープを出しながらジュディはこんなふうに言います。
《やれ、やれ、嬢ちゃんや、悲しい時も、食べないより、食べた方がいいっちゃ。ここはあったかくて、いいね。わたしらは、まるでかごの中の二匹の猫ってとこかね。暗闇なんか、閉め出そうね。》(116頁)
落ち込んだ時や寒い外から帰ってきた時、この豆のスープを食べればきっとおなかの底から温まって、凝り固まった心も体もやさしくほどけていくはずです。

〔材料〕

(3~4人分)
グリーンスプリットピー(乾燥えんどう豆) 150g
水 1ℓ
たまねぎ 1/2個
にんじん 50g(約1/3本)
セロリの葉 1本分
バター 大さじ1
ローリエ 1枚
塩 小さじ1/2

〔つくり方〕
  • 下準備をする。
    豆はさっと洗ってざるにあげる。たまねぎは薄切りにし、にんじんは1cmのざく切りにする。
  • 炒める。
    鍋にバターを入れ弱火にかけて溶かし、たまねぎと塩を入れて少し火を強め、焦がさないよう5分ほど炒める。にんじん、セロリの葉は切らずにそのまま加えさらに3分ほど炒める。
  • 煮る。
    ❷に水を切った豆と水、ローリエを加えてひとまぜし、時々あくを取りながら45分ほど煮込む。
  • 仕上げ。
    セロリの葉とローリエを取りのぞき、ハンドミキサーでポタージュ状にする。味見をして、塩(分量外)で調えたら完成。

グリーンスプリットピーは、皮をむいて半分に割って乾燥させたえんどう豆です。火が通りやすく、水で戻さずに使えます。栄養たっぷりのスープにパンを添えてどうぞ。

『銀の森のパット』
L.M.モンゴメリ著、谷口由美子訳(角川文庫)
木々と花々、果樹園と畑に包まれた古く美しい家、銀の森屋敷で家族と暮らすパット。家族と家を心から愛し、いつまでも何も変わらないことを願っている。しかし、大家族の暮らす屋敷には月日とともに変化があり、出会いや別れが繰り返され、パットは喜びや悲しみを味わいながら成長していく。読者はずっと共に成長してきた友との未来はどうなっていくのかやきもきしながらも、丁寧に描かれた情景にうっとりしながら読み進むことができるのでは。本作で描かれた18歳までの日々の続きは『パットの夢』(角川文庫)で完結するので、ぜひ合わせてじっくり読んでほしい。

子どもの文学のなかに登場する(あるいは登場しそうな)おいしそうな食べ物を、読んで作って紹介している連載「おいしいおはなし」。第40回までの連載をまとめた単行本『おいしいおはなし』(グラフィック社)は、全国書店または各オンライン書店にて発売中。

文と料理:本とごちそう研究室(やまさききよえ・川瀬佐千子) 
写真:加藤新作
スタイリング:荻野玲子