Lifestyle magazine
for modern family

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DATE 2018.11.23

第20回:長島有里枝より
反抗期は「来る」んじゃなくて、「生み出す」もの。

女性は子どもを産むとみんな「はは」になる。当たり前のことだけど、みんなそれをどう受け入れ、日常を送り、自分の生き方を新たに手にするのでしょうか。この連載では、クリエイターとして活躍する二人の「はは」と「ハハ」に手紙をやりとりしていただきます。それぞれの悩みや愚痴、ときに葛藤、あるいは日々の喜びから、あなたや私の「はは」としての生き方のヒントがみつかるかもしれません。

長島有里枝さんから山野・アンダーソン・陽子さんへ。

 

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陽子さん

 

こんばんは。

 

昨日はわたしのパートナーの誕生日でした。陽子さんならご存知だと思う、埼玉県民の日と同じ日です。息子の学校も、その日はお休み。彼にとっては嬉しい日ですが、わたしとパートナーにとってはその前日の晩が嬉しい。だって、次の朝は早起きしなくていいし、どっちが起きるかでピリピリすることもないんですから。その日、お互いの仕事が終わったあと都心で待ち合わせて、友人の個展をみたり、ちょっといいレストランでご飯を食べたりしてきました。息子を一人で留守番させてデートに出かけるのは、なんと母親になってから初めてでした! 実家の親に預けて飲み会などに行くことはあったけれど、一人で待たせることはなかったんです。スウェーデンでは、小さい子供を持つ夫婦が、デートのために子供を誰かに預けることは普通ですか? 日本ではまだまだ、そういうことが難しい気がします。

 

さて、12月に展覧会を観に来てくださるとのこと。その時には息子さんにもお会いできそうで嬉しいです! わたし自身は、来年の頭に始まる個展の準備にすでに追われていて、ようやく始まった展覧会のことをゆっくり振り返る時間もありません。トークイベントとか、友人との待ち合わせでちひろ美術館に行くときが、作品を改めて見直すいい機会になりそうです。

 

誕生日の茄子のお風呂をどういう思いで実現させたのか、陽子さんの子供時代のおはなしを読んですごくよくわかりました。結局、子供だった自分が大きくなったときにこれだけは自分の子供にしたくない(できるかどうかは別として)と思うことって、子供時代にされて嫌だったこととか、そうじゃないほうがよかったのにと思っていたことが反映されてしまうんでしょうか。というのも自分自身、すごく思い当たる節があったのです。わたしの場合は思春期、不仲だった両親の仲裁に明け暮れなければならなかったという嬉しくない思い出があり、とにかく家はくつろげる場所なんかじゃなくて。そのせいなのかわからないけど、夜中まで家に帰らなかったり、家出同然に出ていったりもしました。早く結婚して子供を産んだのも、両親が作った家族から自由になりたいという気持ちの強さが影響していたのかな、と思うことがあります。

離れて住む夫とうまくいかなくなって、一緒にいれば言い争うようになったとき、両親と同じような自分でいることが苦痛で離婚を決心しました。いまは、必要があればパートナーに言いづらいことも伝えるし、かなりしっかり、あらゆることについて家族で話し合います。そういうことも、キスやハグで愛情を遠慮なく表現したいと思ってそうするのも、もしかすると最初の家族に対する不満の反動かもしれないと思います。

 

でも、「反動」も前向きに捉えれば、悪くはないのかもしれない。どうにもならない事情があるとはいえ、大人から与えられた“負”の経験を、自分の子には経験させまいと努力しているのだとしたら、自分がどうにもできなかった、息子にとっては“負”かもしれない環境も同じように、息子が子育てをする際に改善されるかもしれないから。ただ、親のために我慢するという子供の性質もよくわかるので、本当は息子にすごく我慢させているのでは、という恐怖感といまだに戦いながら子育てしています。パートナーは、そこまで考えても仕方ないと言いますが、ときどきは息子にどう思っているのか聞きます。16歳とは、そういう時かなりいい話ができます。陽子さんと息子さんがそういう話をするのは、もっと先ですね。

 

わたしの母は専業主婦でした。わたしがティーンエイジャーだった頃、真剣に話し合いたくても母は「わたしは馬鹿だから」と言ってちゃんと向き合ってくれない人でした。それでも話そうとすると、今度は赤ちゃんをあやすみたいに「はいはい、わかった」「全部お母さんが悪い」と言って、話を終わらせようとしました。それが本当に嫌で、母を人として尊敬できなかった。だから、息子が思春期に激しい反抗期を迎えても、子供の真剣な主張からは逃げないようにしようと思いました。結局、たいした反抗期は来なかったけれど、もしかするとそれはただ「来る」んじゃなくて、親との関係性が「生み出す」ものなのかもしれないと、いまは思います。

 

普段は忙しさにかまけて、成績なども含め息子のことは放っておいているけれど、床に落ちた靴下より深刻な問題を注意すると、たいてい素直に話を聞くことはないので言い争いになることもあります。時間がかかるけれど、わたしの考えを丁寧に説明すると、息子も必死で自分の事情をわかってもらおうとします。中立の立場にいるパートナーに立ちあってもらうことも多いです。親子で泣きながら、わかっているけど出来ないとか、好きだけれど言わせてみたいな、複雑で嘘のない気持ちを伝えあうときもあります。とにかく、とにかく真剣勝負です。

 

そういうこと以外にも、身なりや食べかた、話しかたが人に与える印象のことから、物事の優先順位の決めかたについてまで、大人として気になることがあれば結構、注意します。いまはできなくても、いつか思い出してくれたらいいなと思って言ってます。

 

陽子さんとお子さんのエピソードを読むと本当に可愛らしくて、息子が小さかった頃が懐かしくなります。忙しくて、ほとんどのことは忘れてしまいましたけど。16歳になった息子は息子でまた可愛いですよ。ときどきあんまり大人っぽくて、こちらが驚いてしまいます。この先、もっと大人になったらどうなるんだろう、と考えると寂しくもあります。まぁ、自分の子供じゃなくてもいいのかもしれない。大学で教えている学生と息子の年齢が、ほとんど変わらなくなりました。彼らもときどき、「大人」を試すような質問をしたり、厳しい批判をしてきたりします。そんなときは息子を参考に、でも信頼関係もなければよく知りもしないことを忘れずに、目の前の子がわたしになにをわかってもらおうとしているのか考えています。そして、可能な限り真剣に向き合っています。

 

それじゃあ、またすぐに。ランチ楽しみにしています!

 

長島有里枝

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次回更新は12/14(金)の予定です。ガラス作家の山野・アンダーソン・陽子さんからのお返事です。