Lifestyle magazine
for modern family

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DATE 2018.10.10

お題 10:「苦手なもの」
(提案者:松元絵里子)

ワガママだっていいじゃない!子どもに愛を注ぐようにじぶんの人生も愛したい!そんな3人の女たちが紡ぐアートワーク。ひとりがお題を出し、リレーをしながら3人でひとつの作品を仕上げます。3段階のアプローチで作品がどんな風に進んでゆくのか、自由な解釈でご覧ください。

タイトル:「supporters of Mommy」
絵/よしいちひろ

タイトル:「夢みるころを過ぎても」
文/高原たま

義父が息をひきとった。昼寝をしたままのおだやかな最期。
神妙なムードに気圧されたのか、通夜の間のこどもは仔猿のようにわたしと夫の膝の上を行き来しながらも押し黙っていた。ところが翌日の告別式ではそんな場の空気にもすでに慣れてしまったらしい。わたしにしがみついてはいるが、こちらの顔を見上げてニヤニヤと笑みを浮かべると、読経にかぶせるようにささやきはじめた。
あきすに あったら あきらめな
いんどに いったら いんどかれー
うみべで うわさの うみぼうず
ちかごろご執心の『あいうえおちゃん』(森絵都さんのあいうえお作文+荒井良二さん画の最高にいかした絵本です)の一節だった。通夜も告別式もごく近しい身内のみの参列であるとはいえ、というかごく近しい身内だからこそ悼む気もちも強いわけで、(し!ず!か!に!)と真顔で子の目を見据え訴えかけるも、いっこうに効果はない。
なんでも ないよと なまへんじ
むくちな むすめの むこようし
気に入っている行だけとびとびに、舌足らずな暗唱は続く。食いとめることができないでいるうちに隣の席の夫、そのまた隣の喪主であるところの義母も、不穏なささやきに気づき始めた様子である。
やたらと やさしい やくざもの
仕方ない。外へ連れ出すタイミングをうかがいながら、熱のこもった子の脇の下に腕をすべりこませる。
ゆうべの ゆうはん ゆでたまご
――通夜振る舞いの席でお寿司のたまご焼きを食べまくる昨夜の子の様子が頭をよぎった瞬間、「ブーッ!」と乾いた音が読経に重なった。
おいおい、おまけに、おならだね……
その場にいる者達もみな生(せい)の不意討ちをくらってしまい、ひそやかな笑いがさざ波のように広がっていくのがわかった。
わいわい わらって わすれよう
ついにさいごの行まで唱え終ると子はにわかに声のボリュームをあげ、「ヒロちゃん!ネンネだねー!おやすみー!」と高らかに義父の名を叫んだのち、目を閉じてずん、と重くなった。
義父は5番目にあたるこの孫のことを、殊のほかかわいがっていた。4人の孫達がある程度の年齢になるまで単身赴任をくりかえしながら全国を渡り歩いていて、点と点をつなぐようなふれあいだったからだろうか。生真面目に70歳まで勤め上げてようやく自邸に戻ってきた彼の余生は、そのまま5番目の孫と過ごした時間になった。こどもがまだ新生児のころには母子ふたりだけで義実家に駆け込むと一週間ほど逗留し、義父の横でおちち丸出しのまま授乳をしたこともあった。不眠不休ですべてのネジが飛んでいたわたしは、恥ずかしさとか相手の感情をおしはかるとかいう機能がまったくこわれていたのだろう。並んでソファに座る義父は、じっと前だけを向いて相撲中継を観てくれていた。
それにふたりはうりふたつだった。四角い輪郭にひっかき傷のような細い目。響き合うものがあるのか、こどもの方もあかんぼうの頃から彼を慕っていた。夫の話では、義父が息をひきとる前日も、ふたりでボールあそびをしたり指先でたがいの腹をつつき合って秘密の交信をしたりしていたそうである。
実際には子も義父もこの状況をどのように認識しているのかわかりようもないけれど、すくなくとも義父はゲリラ読経を一緒に笑ってくれているのではないかという気がした。

こどもは地蔵のように重く、うすく白眼をのぞかせて天を仰いだままぐっすり眠りこんでいる。昨日、いつもなら2時間くらい費やす昼寝をしないまま通夜に臨み、通夜振る舞いの後はいとこ(わたしにとっての姪)達や同じ2歳のはとこと畳の大広間を走り回って、午前零時をまわっても興奮したまま寝つかなかったのだ。当然だ。走り回る最中に目が合うと、汗ばんだ前髪を額にはりつかせ
「カカはきちゃダメーッ!」
と笑顔で言い放った。こどもの世界の方が優先されたはじめての瞬間だった。(予想していたより早かったな。)
だいたい、ひとまわりほども年の離れたチビのことを長時間厭わずに相手してくれる姪達もすごい。じぶんにもとうぜん幼少期があったくせに、昔からわたしはちいさな子と一緒に過ごすのが苦手だった。どんなテンションで接したらいいのか、なにをすれば興味を引くことができるのか、さっぱりわからなかった(興味を引こうと意図している時点であさましさ満点であり、そういう態度をばっちり見透かすのがこどもの能力のひとつでもある)。出産で体力を使い果たした結果ほとんど絶望とともにちいさい者との暮らしの渦に巻き込まれてからも、苦手なものは苦手なままで変わらなかった。それを自覚するのはしんどいことではあったけれど、こどもを産んだからといってアッサリ変わってしまわないことにすこし安堵してもいた。こんな風にふざけた者でも生活を続けられているのは、折々に居合わせる誰かが、母の屈託などおかまいなしに風を通してくれるからにほかならない。おかげで子は既にこうして、じぶんだけの大切な世界を持ち始めている。今ではわたしは知っている。夢みるころを過ぎても、視界はけっこう明るくてやわらかだということを。
「それではご焼香をお願いします」というアナウンスに促されて義母が立ち上がった。夫がわたしの膝の上からこどもを抱え上げる。急に重力がなくなって、ほかほかとした跡だけが膝の上に残る。夫の肩に顔をあずけたこどもは目が覚めて戸惑いの表情をうかべたあと、わたしと目が合うとにっこり笑う。祭壇の上の義父が、こどもと同じ顔で笑っている。笑っている。

(12・18)

タイトル:「たゆたゆと」
写真/松元絵里子

次回はよしいちひろがお題を出し、高原たまから制作をスタート。

お題は「夫」。ぜひお楽しみに。