LIBRARYパリ12ヶ月雑記帖2022.03.29

パリ12ヶ月雑記帖 “mars” —守屋百合香

パリと東京を行き来しながら活動するフラワースタイリストの守屋百合香さんが、1歳の息子とパティシエの夫と暮らしているその日々を綴る「パリ12カ月雑記帖」。今月は、日々に感じる春の訪れや、暮らしの中で感じる世界のこと。

3月某日。晴れ。
今月に入り、晴天の日が続くパリ。寒さも和らいできたけれど、朝晩はまだコートが必要で、なかなかしまえない。リビングのソファのクッションカバーを、秋冬に使っていたネイビー、テラコッタ色のものから、セージグリーン色のリネンに取り替える。それだけでも空気ががらりと変わり、軽やかになった気がする。マルシェで大好きなムスカリの鉢をいくつか買ったら、おまけでヒヤシンスもくれた。家の中から少しずつ、春を迎える支度を始めている。

3月某日。晴れ。
朝、外に出てみると、空気が埃っぽく、車や歩道には一面うっすらと砂がかかっていた。サハラ砂漠の黄砂がパリまで飛んできているらしい。サハラ砂漠だなんて、とてもとても遠くにある御伽話に出てくる場所のように思えるけれど、そこから風に乗って、砂が届くのだ。地球はまるく、ぐるりとひと続きにつながっているのだと改めて実感する。同時に、同じヨーロッパの大陸続きにあるウクライナのことも思う。
フランスでは既に、1万5000人以上のウクライナからの難民を受け入れていて、受入施設や相談窓口もできている(こういった、いざというときのフランス政府の対応の早さには感服する)。連日、パリにはウクライナから逃れてきた人々が到着している。彼らが安全で安定した生活を手に入れ、少しでも、心に平穏が宿るよう願う。
毎週末、誰かしらが何かしらを訴えてデモが行われるパリだけれど、先日「戦争反対」のデモが行われ、それはこの数年来でも最も大きなものの一つだったように思う。「私はロシア人です。戦争に反対します。」とロシア語と英語で書かれたプラカードを掲げて歩いていた人も多く目立った。高校生の頃、ロンドンに短期留学した夏、同じ寮にいたロシア人のスヴェトラーナという少女のことを思い出す。口数は多くなかったけれども、おどおどしていた私にいつも優しく接してくれた。少し大人びて見えて、眩しかったのをよく覚えている。夏が終わってからも少しの間、当時はメールもSNSも今のように一般的ではなかったから、お互いに手紙を送り合っていた。彼女は今もロシアにいるのだろうか。どんな大人に成長し、今どんな思いで日々過ごしているのだろうか。彼女に会いに行きたいと思う。一刻も早い終結、平和を祈る。

3月某日。曇り。
近所で開催されていたJoseph Elmer Yoakumの個展、“INSCAPE”へ足を運ぶ。Yoakumは71歳の時に夢で啓示を受け、独学で絵を描き始めたのだという。本当に、人生は何が起きるかわからない。自分の人生だってそうなのだと思えば、わくわくする。彼の描く自然風景の色彩や柔らかな地層のうねりを見ていると、それまで積み重ねてきた70年の人生がどれほど美しいものであったのだろうと思う。不思議と優しく、明るい気持ちになれる絵たち。会場から、彼の絵のポストカードを、世界中へむけて送ることができたので、東京の実家とパリの自宅(夫)に宛てて短い手紙を書いた。世界の風景を描いた彼の絵が、今度は世界を旅することになるというわけだ(この展覧会は現在、東京へと渡っており、南青山のLEMAIRE/SKWATにて4月3日まで開催中)。

3月某日。快晴。
家族でヴァンセンヌの森へ行き、ピクニックをした。森の敷地は広大で、徒歩では回りきれないほど。湖のほとり、柳の下に腰をおろし、持ってきたサンドウィッチやお菓子を食べてから、夫は長い長い昼寝。その間に、白鳥が集まっているあたりへ息子と見に行った。二羽の白鳥が泳いでいるのがまるでバレエのパドドゥのようで、広がる水の波紋が美しく、つい見入ってしまう。
息子はというと、白鳥よりも一面に咲いていたたんぽぽの綿毛の方が気に入った様子で、一度吹いてみせると目を輝かせて、何度もせがんできた。真似して自分でも一生懸命吹いていたけれど、綿毛がフワッと飛ぶように勢いよくフーッとやるのは意外と難しい。

3月某日。快晴。
いよいよ春本番、ぐっと気温が上がった週末。6区にある、世界一好きなフローリスト、Rosebud fleuristesに立ち寄ると、店内では桜が満開になっていた。近くの夫のパティスリーでお菓子やヴィエノワズリーを買って、リュクサンブール公園で息子と食べながら、またピクニック。パリ中の人が外に出てきたかのように、公園のベンチも、カフェのテラスもすべて満席で、誰もが日光浴を楽しんでいた。みんなずっと、春が来るのを待ち望んでいたのだ。

3月某日。晴れ。
la formation civique(市民講義)に参加してきた。世界から集まってきた移民を対象に、フランス社会の一員として生きてゆくために、フランスの歴史や社会制度などを詳しく学ぶ講義で、ビザの更新手続のためにはこの講義の受講が必要要件の一つでもある。しかも、1日8時間の講義を全4日間受講しなければならない。正直なところ、ビザの更新のために仕方なく……というモチベーションの低さだったのだが、いざ真面目に受けてみると、発見も多く、有意義だった。特に最終日の講義は、emploi(雇用)が一応のテーマだったものの、その内容はコミュニケーション学を起点として、奥深く、人生の授業とでも言いたくなるほど素晴らしいものだった。
先生から「フランスを代表して、あなたを歓迎する。ようこそフランスへ。今後の素晴らしい人生を祈っています」と一人ひとりに、真っ直ぐに目を見てはっきりと言ってもらえたときには、胸が熱くなった。ここに居続けても良いのだと言ってもらえたことが、移民として生きる中で知らず知らずのうちに感じてきた緊張を、一気にときほぐしてくれたのだ。とにもかくにも、これで無事に4日間の講義を終えたので、一安心。

[今月の花]

我が家の小さなベランダに迎え入れた、春らしい球根のムスカリ。隣に植えているジャスミンも花が咲いて、窓を開けるたび芳しい香りに心が満たされる。ムスカリのブルーとジャスミンのピンクのコントラストが、待ち焦がれていた青い空によく映える。ムスカリは、にょきにょきと茎を伸ばしていく姿も愛おしい。家には不釣り合いかと悩んだが、先日銅製のジョウロを買い、毎日の水やりも楽しんでいる。

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

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