LIBRARYパリ12ヶ月雑記帖2024.03.29

パリ12ヶ月雑記帖 “mars” —守屋百合香

パリと東京を行き来しながら活動するフラワースタイリストの守屋百合香さんが、小さな息子とパティシエの夫と暮らしているその日々を綴る「パリ12カ月雑記帖」。新しい季節を迎えつつあるパリの日々をお届けします。

3月某日。曇り。
ファッションウィークも終盤。毎シーズン、Stella McCartneyの装花で締めくくるのが恒例だ。無事に仕事を終え、胸を撫で下ろす。
高級ブランド店が並ぶサントノーレ通りから、ホテル・リッツや宝飾店のあるヴァンドーム広場を抜ける道は華やかにきらめいていて、見回しても汚れた作業着で歩いているのは自分だけだが、それもまた誇らしく、胸を張って、家族が待っている自宅へと足早に帰る。

3月某日。曇り。
息子と二人、夜の外出。ルイ・ヴィトン財団美術館で開催中のロスコ展を、閉館後、少人数で鑑賞できる機会に恵まれた。建築家フランク・ゲーリーによる美術館は歩いているだけでも刺激的で、パリでも特に好きな美術館のひとつだ。ひと気も少なく、夜で暗かったこともあり、一枚一枚の絵画の色に埋もれるようにして鑑賞できた。
息子が気に入ったのは、洋梨が並んだ朝の食卓を思わせるような、爽やかな一枚の絵。私が惹かれたのは、ジャコメッティの彫刻とともに展示された、グレーと黒の展示空間。その空間に足を踏み入れると、まるで、教会にいるかのような不思議な感覚が湧いた。

3月某日。小雨。
年に2回、郊外で開催される“Foire de Chatou”という大規模なブロカントがある。空は雨模様だったが、家族でRER A線に乗って、小遠足気分で訪れた。
プロフェッショナルが集うブロカントなので、スタンドごとのディスプレイも凝っているし、パリではあまり多くない、家具や大物のスタンドもたくさんあって、見て回るだけでも楽しめる。掘り出し物がないかキョロキョロしながら一周したら、プレートやティースプーン、ケーキサーバー、一輪挿しと、気がついたらシルバーのものばかり購入していた。今また、シルバーが旬のムードになってきている。ファッションウィーク後、やっと家も片付いて落ち着いたので、より居心地の良い部屋にすべく、手を入れていきたい。

3月某日。曇り。
フィンランドの陶作家、リサ・ハラマのヴィンテージ花器をコレクターから買わせてもらえることになり、夕方、息子とトラム(路面電車)に乗って、パリ南部へ出向く。
譲ってくれたのは優しくて品の良い老婦人で、しばし一緒に器を鑑賞し、流れる釉薬が描く景色を共有してたのしんだ。
そこからバスに揺られて30分、夫のパティスリーへ向かう。店の裏でケーキを食べながら閉店時間まで待たせてもらい、帰りは初めてLIME(電動自転車のシェアリングサービス)を試してみた。大変便利なシステムで多くのパリジャンが利用しているのだが、そういえば、私は電動自転車に乗ったことがほとんどないのだ。パンテオンからセーヌまで、息を止めて一気に坂を降り、橋を渡るときに初めて、街灯の映る川面の美しさや頬に当たる夜風の心地良さに気がついた。途端に視界が開けて、緊張が高揚感に変わった。

3月某日。曇り時々雨。
マルシェにもうホワイトアスパラが出ていたと、夫が顔をほころばせて買ってきた。まだ旬には少し早いものの、私も大好物で、嬉しくなる気持ちはよくわかる。
息子の幼稚園では、園庭でパック(イースター)の卵探しゲームをしたらしく、卵の形のショコラをたくさん持って帰ってきた。パックが終わって4月に入ればすぐに、また2週間のバカンス。あっという間だ。この国はバカンスとストばかりでいつ働くのだろうか……と、パリに来たばかりの頃は呆れていた。しかし、ただ忙しなく過ぎてしまいがちな日常に区切りをつけるのがバカンスであり、うつろう季節を感じ、大切な人と過ごす余白の時間が私たちの人生を豊かにしていることを、今は実感している。

3月某日。晴れ。
息子が喘息ぎみで、今週は幼稚園も休んだり半日で早退したり、できるだけ家でゆっくり過ごしている。
昼過ぎ、校門前で息子が出てくるのを待っていると、先生に手を引かれ、俯きながらこちらに歩いてくる姿がしょぼくれて見えて、ちょっと遠回りをして帰ることにした。公園を通り、カフェに寄って息子の好物のシナモンロールを食べて、おもちゃ屋さんのショーウィンドウも覗いた。
まだまだレザージャケットが必要な寒さだが、街路樹は花を咲かせ、春はそこかしこに芽吹いている。来週末、息子の体調が良くなったら、花見にでも出かけよう。

[今月の花]パヴォ

フランスのパヴォ(ポピー)は、日本で出回っているものよりもサイズがかなり大きい。蕾のときには下を向いているが、折りたたまれた和紙のような花びらが内側からぐっと押しやぶり、弾けるように咲く。満開になると、大人の手のひらほどの大きさにもなる。グレイッシュな空の下、春はもうここだよと明るく照らしてくれる、パリの人々が好む花のひとつだ。

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

Text&Photographs: Yurika Moriya

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