1月某日。晴れのち雨。
今年初のガレット・デ・ロワを食べる。フランスにはお正月がないので年始から通常の生活だけれど、ガレットを食べると「新年」を感じる。ガレット・デ・ロワは、パイ生地にアーモンドクリームが入った、シンプルなお菓子。もともとキリスト教のエピファニー(公現祭)という祝日にまつわるお菓子で、今年は1月6日がその祝日にあたるのだけれど、1月中は毎日、どのブーランジュリーにもパティスリーにもガレットが並ぶ。
ガレットには、たいてい紙の王冠がついてくる。ガレットの中に忍ばせてある、陶器のフェーヴが当たった人は王様(ロワ)で、その年幸運が訪れるという言い伝えがあって、王様になった人は冠をかぶるのだ。我が家は、昨年に続き、今年も夫が一発でフェーヴを当てた。今年も家族皆すこやかで、明るく、笑いの絶えない日々を過ごせますように。
1月某日。小雨のち晴れ。
年明け早々、歯科医院へ。フランスの個人歯科医は、普通のアパルトマンの一室を改造して営んでいることが多い。まるで友達の家でも訪問するかのようにインターホンを押し、客間のような待合室に通される。治療室だけが真っ白い空間で、ここで初めて、歯科に来たのだと思い出す。パリでは、腕の良い歯科医は予約争奪戦で、予約の電話をしたのは確か昨秋だったけれど、この日が最短だった。1月と言われたときはさすがに耳を疑って、何度も聞き返したけれど……。
正直なところ、フランスの歯科は日本よりも一時代遅れているような気がする。虫歯の治療中は、大工事が行われているような騒音だった。それに混じって、歯科医の陽気な鼻歌が聞こえてくる。ものの20分で治療は完了したが、もしまた虫歯になっても予約がいつ取れるか分からないから、予防に気をつけようと心して、歯科医院を後にした。
1月某日。雨。
夜から続く霧雨で、普段よりさらに空の暗い朝。息子を保育園に送り出してからマルシェへ行くと、入ってすぐの花屋のスタンドにミモザがこんもりと並んでいて、そこだけぽっと明るく、太陽が咲いているようだった。ミモザの季節がやってきた嬉しさで胸がいっぱいになって、吸い寄せられるようにして一束買う。他の客も皆同じだったようで、ミモザは飛ぶように売れていて、帰るころにはスタンドはすっからかんになっていた。
1月某日。晴れ。
15区の区役所へ行く。友人の、結婚宣誓式に参列するためだ。フランスでは、日本とは違って、役所に婚姻届を出すことイコール結婚ではない。区役所に結婚のための申請書類を提出し、受理されたら、書類にサインをする日を決める。そのサインをする場所が、区役所内の「サロン・ド・マリアージュ(結婚の間)」という豪華な部屋で、区長が執り行い、結婚を宣誓する。そこでやっと、結婚が成立するのだ。とても和やかで、可愛らしい、大好きな夫婦の大切な瞬間に立ち会えて、私も幸せな一日になった。
ちなみに、他にも同じ日に宣誓式を行うカップルがいたのだけれど、あるカップルは、役所前の広場から青い民族衣装を纏った楽団を引き連れて、軽やかにステップを踏みながら区役所に入場していったり、またあるカップルは、とてもカジュアルで普段着のような服装だったりと、それぞれのルーツや文化、価値観があらわれていて、とても興味深かった。
1月某日。晴れ。
パリのメンズファッションウィークが始まった。私もにわかに装花の仕事などが忙しくなるシーズン。そうは言っても、海外から来る人やブランドの数はまだ以前よりも少ないけれど、回復の萌しが見えてきたように感じる。毎シーズン装花を依頼してくれている方々に再会できて、花を通して、世界中から集まる人と人とが心を通わせることができるのも、嬉しい。たくさんの熱量と時間をかけて生み出されたクリエイションから、いつも刺激をもらっている。
1月某日。曇り。
息子と、ルーヴルにできたカフェ・キツネの新店舗に行った。久しぶりに、ナミさんに会いたい!と思ったからだ。ナミさんは、カフェ・キツネの「看板マダム」で、1970年代から、もう50年近く、パリに住んでいる。私がパリに来たばかりの頃からよくしてもらっていて、落ち込んだときには家の近くまで話を聞きに来てくれたし、結婚式にも参列してくれて、私は勝手に「パリの母」と呼んでいる。とにかくとびきりお洒落で、元気で、会うといつでもパワーをもらえる。ナミさんを見ていると、自分のスタイルをもつことこそがお洒落なのだと実感するし、年齢や肩書きで人を見ず誰とでもフラットに話す姿が本当に素敵で、こんな風に歳を重ねたいと思う女性。息子はナミさんからキツネの形のクッキーをもらって、ご満悦だった。
この日は手土産に、ミモザのブーケを束ねた。前にもミモザを贈ったことがあるのだけれど、いつも周囲を明るくしてくれるナミさんを思うと、自然と太陽のようなミモザを選んでしまうのかもしれない。
[今月の花]
可憐なスミレは茎の一本一本がとても細く、束ねられて周りに葉を添えた状態で売られている。ミモザやポピーといった、春を待ちわびるビタミンカラーの花と、スミレの色のコントラストが好きで、見かけると必ずセットで買ってしまう。決して花もちが良い花ではないけれど、その儚ささえもスミレの魅力。茎を見せるように、ボウルや擦りガラスの花器に活けて楽しむ。
守屋百合香
パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris
Text&Photograph: Yurika Moriya