2月某日。曇り。
ランジス花市場へ行くと、馴染みの仲卸のスタンドで「ミモザ祭り」が行われていた。ミモザが旬を迎え、出荷量が最大になるこの時期に合わせたイベントで、アコーディオン奏者のライブに加え、ミモザのアイスクリームやお菓子がフローリストたちに振る舞われた。一緒に行った息子も大喜び。初めて食べるミモザのアイスはほんのりと甘く、爽やかで、慌ただしい仕入れの朝に、やさしい清涼感をもたらしてくれた。
2月某日。曇り。
フランスでは、「Chandeleur(シャンドルール)」の日。聖燭祭というキリスト教の祝日で、家族でクレープを食べるのが伝統的な習慣になっているため、「クレープの日」とも言われている。なぜクレープなのかは諸説あるらしいが、本当に、フランス人はお菓子が好きだ。1月のガレット・デ・ロワほどの盛り上がりではないものの、店先に登場する短い期間には、毎日飛ぶようにクレープが売れるそうだ。
自宅でも夫と息子がクレープ作りをした。大人用にはしっかり洋酒を効かせるのがポイントで、余計なものは加えず、シンプルにカソナード(ブラウンシュガー)をまぶしただけのものがとてもおいしい。
2月某日。晴れ。
曇天が続く日々の合間に、嘘のような青い空。花仕事の帰り、ピカソ美術館前の公園を通りかかると、ベンチで日光を浴びながらくつろぐ人々が目に入った。私もつい、吸い寄せられるように公園へと入っていき、陽のあたっているところに腰掛ける。こんなふうに太陽のぬくもりを感じられたのは、いつ以来だろう。日焼け止めすら塗っていないけれど、そんなことはどうでも良いやと思える。目を閉じて、思いきり太陽の方へ顔を向けた。さっき届けてきたアネモネのブーケと、相手の笑顔が瞼の裏に浮かんできて、いっそう心が軽やかになる。
2月某日。雨。
カルティエ財団現代美術館にて開催されている展覧会「Bijoy Jain / Studio Mumbai Breath of an Architect」へ。
Studio Mumbai(スタジオムンバイ)はその名の通りインドのムンバイに拠点を置く建築集団。昔から、Studio Mumbaiの椅子をいつか家に迎えることができたら……と密かに憧れているのだが、彼らのクリエイションの背景などについては無知だったので、パリから遠く離れたインドの地で制作する彼らの精神性にまで深く触れることができるこの展示は、とても興味深かった。
Studio Mumbaiを主宰するBijoy氏の「沈黙には音がある」という言葉に始まり、水や光、風を感じられる建築物たちやオブジェの展示から、人間と自然界との呼吸のリズムが調和していく理想的なイメージを共有できた気がする。外に出ると、普段なら気分をどんよりとさせる雨音が、心地よく耳に響いた。
2月某日。曇り時々小雨。
バレンタインデーに、カフェMARDIで、ブーケのpop-upイベントをした。愛する人へのプレゼントとして買う人や自分のために買う人がひっきりなしに訪れてくれて、花を束ね続けた一日だった。
ちょうど数日前にはオーナー夫妻の第一子が誕生したばかりで、祝福を伝えにくる常連客も多く、カフェ全体が幸せなムードに包まれていた。恋人へ花を贈るサプライズの相談も受けたし、母親のために少年が数本のポピーを買いに来たりもした。人々が、目を輝かせながら花を選んでいるのを見ていると、去年や一昨年のバレンタインの思い出も蘇ってくる。こうして少しずつ、パリの街で年輪を重ね、根を張っていけることがうれしかった。
2月某日。曇りのち雨。
幼稚園の2週間にわたるバカンスも、残りわずか。今回は旅行に出かけなかったので、何をして過ごそうかと親もネタが尽きてくる。そんな中見つけたのが、オランジュリー美術館で行われている「espace familles(エスパス・ファミーユ)」。無料の子ども向けアトリエで、幼児から参加できる。美術館に展示されている作品に関連したアクティビティがいくつもあり、例えばマティスの絵をもとに、部屋をデコレーションしたり、コラージュでモネの睡蓮の池を作ったり、壁いっぱいの巨大な塗り絵があったりと、遊びながら五感を育むことができるものだ。息子は特にコラージュが楽しかったらしく、集中して作っていた。先日は幼稚園の遠足でルーヴル美術館に行っていて、芸術に関してはまったくもって贅沢な環境で、息子が羨ましいほどだ。
ちなみに、オランジュリーの見どころとして有名な「睡蓮の間」は、いつ行っても混雑しているからと躊躇してしまうのだが、久しぶりに訪れてみると、どんなに人がいても、そこには永遠を思わせるような柔らかな静けさがあって、胸を打たれた。
[今月の花]ヒヤシンス
ヒヤシンスといえば、小学生の頃に水耕栽培をした記憶がある方も多いだろう。そのせいだろうか、ヒヤシンスは身近な春の花ではありながら、スタイリッシュなイメージからはいまいち遠かった。しかし、満開になったヒヤシンスの切花は香りも強く、華やかで、改めてその優美さに驚いた。カラーコントラストをきかせてモダンに組み合わせたい。また、茎の下部(球根部分)には栄養が含まれているので、切り落とさずにそのまま飾った方が、鮮度を長く保つことができる。
守屋百合香
パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris