LIBRARYパリ12ヶ月雑記帖2023.02.28

パリ12ヶ月雑記帖 “février” —守屋百合香

パリと東京を行き来しながら活動するフラワースタイリストの守屋百合香さんが、小さな息子とパティシエの夫と暮らしているその日々を綴る「パリ12カ月雑記帖」。今回は、春の気配漂うパリの2月の景色をお届けします。

2月某日。曇り。
最近お気に入りの、土曜午後のルーティーンがある。息子と一緒にメトロに乗って19区まで出かけ、まずは土曜日にだけオープンするヴィンテージショップem archivesをチェック。それから昨年オープンしたばかりのカフェmardiでカフェラテをテイクアウトして、ビュット・ショーモン公園を散歩するのだ。
公園の中央にある大きな池で、鳥たちに餌をやるのを息子はいつも楽しみにしている。ビュット・ショーモンは広大で自然豊かな公園で、春になってみんなでピクニックをしに行くのが待ち遠しい。

2月某日。曇り。
保育園で、絵本の読み聞かせアトリエがあった。先生が子供たちに紙芝居や歌絵本などを読んでくれる時間、親も同席して学ぼうという内容だ。
息子は特に歌絵本が好きで、話す言葉のほとんどは日本語だが、フランス語の童謡をよく歌ってくれるようになった。ただ、フランスでは誰もが知る童謡でも、私には馴染みのないものばかりなので、片っ端からYouTubeで検索しては、家で流して息子と一緒に歌いながら覚えている。初めは自信がなさそうだった彼も、日に日にはっきりとした発音で歌えるようになっていて、私もフランス語の勉強を改めて頑張らなければと焦らされるほど。

2月某日。晴れ。
フランスではバレンタインデーに愛する人に花束を贈る習慣があり、花屋にとっては、母の日並みの頑張りどきになる。
ランジス花市場内にも、パレンタイン商戦のポスターがあちこちに貼られている。以前は「男性から女性へ花を贈る日」とよく言われていたのだが、今年のポスターに用いられている写真は、多様な花贈りのシチュエーションが表現されていた。男性から男性へ花束を渡しているシーンもあり、普段はアナログな花市場でさえもこうした意識が浸透しているところは、フランスらしいなと感じる。

2月某日。晴れ。
バレンタインデーに、ポップアップイベントを行った。マレにある知人のカフェでブーケスタンドを三日間出したのだが、当日は想像以上に沢山のお客さんが来てくれて、胸が熱くなった。誰かに贈るための花はもちろん、自分のためにと買っていく人も多く、気がつけばスタンドはすっからかんになって、無事にイベントは終了した。日本に比べると、自分が花を見てどう感じたかということを情熱的に伝えてくれる人がとても多いことに驚き、照れくさくなるけれどうれしい。
片付けを終え、すっかり暗くなってから外に出ると、道行く人の多くが花束を抱えて歩いている光景にまた、自然と口元がほころんだ。

2月某日。快晴。
パリはバカンスシーズンに突入。今年は、ポルトガル最南端のアルガルヴェ地方に来た。宿泊しているCasa Modestaは、リーア・フォルモーザ自然公園のすぐ近くにある。逆に言えばそれ以外何もない場所なのだが、寒いパリで縮こまった心身を休めるには最高の場所だ。
ハンモックに揺られて、白い壁に反射する陽光に目を細め、息子をお腹の上に乗せてうたた寝する、この時間のためだけにでも、ここへ来られて良かったなと思う。オーナーのカルロスは心が温かく親切だし、飼い犬のモデスタはとても利口でかわいくて、息子もすっかり仲良くなった。
リーア・フォルモーザの湿地帯を通り、隣村までサイクリングを楽しんだ。潮の干満の差が激しく、昼間と夕方では景色が全く違うので、毎日散歩するたび目が釘付けになる。野鳥が観察できることでも有名だそうで、フラミンゴの群れを遠くに見た。鋭く長い嘴をもつ美しい白い鳥たちが、ツーイと低く飛び、私たちを追い抜いていった。

2月某日。晴れ。
夢のようだったポルトガルから、小さなパリのアパルトマンに帰ってきた。どんな場所へ行っても、家に帰ってきたときに「やっぱり家が一番だね」と家族で言い合えることは、旅を締めくくる幸せな瞬間だと思う。
翌週に迫ったファッションウィークの準備に追われる中、久しぶりに近所のヴォージュ広場のCaretteでプチ・デジュネ(朝食)をとった。早い時間はまだ人も少なく、朝の光が、見慣れた景色をいつもよりも柔らかく包み込んでいる。夫が息子のトロチネットを押しながら、回廊に射す光と影が生み出す縞々模様を歩いていく。この街の日常は愛おしく、ささやかだが美しい情景に満ちている。

【今月の花】
ミモザ


アルガルヴェでは、見たこともないほど大粒のミモザが咲いていた。葉をよく見ると、フランスで見るものとも日本で見るものとも違い、細長く柳に似た形をしている。調べてみれば、オーストラリア原産の品種がここに咲いているものに近いようだ。世界中で春の訪れを告げ、人々の心を温めている、幸福を運ぶ花だ。

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

text&photographs: Yurika Moriya

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