おいしいおはなし第51回『クララ白書』ミッションは密かにドーナッツを揚げること

中高生時代に「オサムグッズ」に夢中になったという大人の方、いませんか〜? ミスタードーナツを食べてはポイントを集め、オリジナルグッズを手に入れたという人も多いはず。イラストレーターの原田治さんが描いた男の子や女の子は、ポップでかわいくてどこか外国の匂いがするのが好きでした。そんなオサムグッズと出会ったのと同じ頃に書店で見つけたのがこの『クララ白書』です。表紙も挿絵も原田治さん。当時の私はこの本を買うことで、新しいオサムグッズを手に入れたような感覚もあったかもしれません。

著者の氷室冴子さんは一世を風靡した少女小説家。少女小説とは、十代の女の子を読み手として書かれた小説です。1970年代に萩尾望都(ポーの一族)や大島弓子(綿の国星)、池田理代子(ベルサイユのばら)らの漫画が少女たちを魅了し、その系譜を受け継ぐように1980~1990年代に少女小説ブームが訪れます。氷室冴子さんは1970年代末にデビューして、1980年にこの『クララ白書』で人気を獲得し、人気小説家としてのキャリアを築いていきます。

さて、『クララ白書』の舞台は札幌のカトリック系女子校の寄宿舎。外国の児童文学を通じて「寄宿舎」に憧れを抱いていたこどもにはたまらない設定……! そんな設定のうっとり感とは対照的に、氷室さんの文体は小気味良いリズムのしゃべり言葉で、学園ドラマはにぎやかにそしてパワフルに進んでいきます。そこには、スターの先輩あり、暗躍する生徒会や寄宿舎長に、生意気な下級生あり……と、主人公のしのぶや親友のマッキーと菊花を取り囲む登場人物の誰も彼もが癖ありでキャラが濃い。ここに入るなら自分は誰派かなど考えたりもしたものです。
氷室冴子さんは国文学専攻で、このあとには古典をベースにした平安貴族が主人公の小説も発表し、それにもドボンとハマったのですが、この『クララ白書』にはこれでもか~! というくらいに、十代女子の楽しみや悩みや喜びや友情や夢中になったことや、そういう大人になったら忘れてしまいそうなささやかだけどキラキラした時間が詰め込まれているのが魅力です。そして、とにかく面白い。
物語は、父の転勤で家族が引っ越してしまった主人公のしのぶ(中3)が寄宿舎に入舎し、部屋で書いている姉への手紙から始まります。学校を変わりたくなかったために意地を張って一人札幌に残ったのは間違いだった、寂しくてホームシックだと訴えているのですが、《三日目あたりから食事が喉を通らなくなっちゃったの。と同時に朝のトイレで勝負が決まらなくなっちゃって》(6頁)と、大勝負に備え姉にドーナツ型座布団をリクエストするといういうその切実さとおかしみよ。しのぶはこのあと、同じく中3から入舎したマッキーと菊花とともに、テストを受けることになります。それは、途中から寄宿舎に入った人が仲間になるための儀式のようなもので、夜中に厨房に忍び込んで寄宿生全員分の(よりによって)ドーナツを揚げるというミッション。もちろん寄宿舎の先生たちには内緒です。3人は厨房破りを成功させ、ドーナツを揚げることができるのか!? 
あの時代の少女小説たちは今はなかなか見つからないレア本になってしまいましたがもしこの本を見つけたら、是非、読んでみてほしい。忘れていた中高生時代の懐かしくもこそばゆい記憶が蘇ってくるかもしれません。その時はぜひ片手にドーナツをお忘れなく。

〔材料〕

(10個分)
生地
 薄力粉 200g
 ベーキングパウダー 小さじ1と1/2
 グラニュー糖 50g
 無塩バター 40g
 卵 1個
 牛乳 40㎖
打ち粉(薄力粉) 少々
揚げ油 適宜
仕上げ用グラニュー糖 適量
シナモンパウダー 適量

〔つくり方〕
  • 下準備。
    薄力粉とベーキングパウダーは合わせてふるっておく。バターは常温に戻しやわらかくしておく。卵と牛乳も冷蔵庫から出しておく。
  • 生地を作る。
    ボウルにバターを入れ泡立て器でほぐし、グラニュー糖を加えて白っぽくなるまでよく練る。溶いた卵を少しずつ加え混ぜなめらかにし、牛乳も3回くらいに分けて加えよく混ぜる。ふるった粉を加えたらゴムべらでさっくりと混ぜ合わせ、ラップで包んで冷蔵庫で30分以上寝かせる。
  • 成形する。
    冷蔵庫から生地を出し、打ち粉をした台の上で軽く転がして太い棒状にする。ケッパーで10等分にし、それぞれごく軽く丸める(半量はバットなどに入れてラップし、冷蔵庫で休ませておく)。丸めた生地の真ん中に指で穴をあけ、指を入れながら生地をくるくるまわしてドーナツの形を整える。残りも同様にし、揚げる直前まで冷やしておく。
  • 揚げる。
    深めの揚げ鍋に油を入れて170℃くらいに温めたら、❸をそっと入れる。1分半~2分くらいで裏返し、両面にきれいな揚げ色がついたら、キッチンペーパーを敷いたバットにとり、熱いうちにグラニュー糖とシナモンパウダーを混ぜたものをまぶす。

揚げ油は冷えたドーナツ生地をたくさん入れると温度が急に下がってしまうので、一度に入れる数は2~3個にします。揚げているうちに油が泡立ってくるので鍋は深めなものを用意しましょう。

子どもの文学のなかに登場する(あるいは登場しそうな)おいしそうな食べ物を、読んで作って紹介している連載「おいしいおはなし」。第40回までの連載をまとめた単行本『おいしいおはなし』(グラフィック社)は、全国書店または各オンライン書店にて発売中。

文と料理:本とごちそう研究室(やまさききよえ・川瀬佐千子) 
写真:加藤新作
スタイリング:荻野玲子