LIBRARYパリ12ヶ月雑記帖2024.06.27

パリ12ヶ月雑記帖 “juin” —守屋百合香

パリと東京を行き来しながら活動するフラワースタイリストの守屋百合香さんが、小さな息子とパティシエの夫と暮らしているその日々を綴る「パリ12カ月雑記帖」。夏を迎える直前のパリの空の下、日々の様子が届きました。

6月某日。晴れ。
息子が4歳の誕生日を迎える。幼稚園でもお祝いをしてくれるらしく、希望する場合は親がケーキを持たせることができるので、我が家も前日に夫と息子が手作りした。生のケーキは食べるまでに溶けてしまうから、りんごを入れたパウンドケーキを作ることにした。
夫と息子は毎週のように一緒にクレープやドーナツを作っているので、息子も卵を割るのはお手のものだ。夫に手伝ってもらいながら、お揃いのコック服を着てキッチンに立つ後ろ姿を見ていると、息子の成長の早さに驚く。

6月某日。晴れ。
今年に入ってから、作業用のアトリエを持ちたくて物件を探している。自然光がたっぷり入ること、水道が使いやすいこと、建物の目の前に車を駐車できるスペースがあること、地上階、自宅から徒歩圏内であることがアトリエの条件。もちろん高い賃料を支払えば選択肢も増えるのだろうが、なかなか折り合いのつくところが見つからない。今はオリンピック前ということもあり、賃貸を探すのは難しい時期らしく、気長に構えている。
そんな中、期間限定ではあるが、友人のつてで、自宅近くに場所を借りられることになった。静かなアパルトマンの一室にテラスがついていて、晴れた午後、窓を開け放ち作業していると、初夏の風が心地良い。

6月某日。雨のち晴れ。
思い立って、ポンピドゥー・センターの企画展「ブランクーシ展」へ。ブランクーシは大好きなアーティストなのだが、大規模な展覧会で作品を鑑賞したのは初めて。”nouveau-né(新生児)” や”la tête d’enfant endormi(眠る子どもの頭)”のシリーズは、彼が初期から継続して制作してきたモチーフでもあり、世界で最も美しく尊い神殿のように感じ、心に大きな平安をもたらしてくれる。
すべての生命も事象もフラットに受容していたブランクーシの感性を知り、改めて作品を鑑賞すると、私も、世界を見つめるとき、花が震わせる空気も、滑る光の流れも、もっとピュアに受け止めたいと思う。

6月某日。雨のち曇り。
例年になく曇天が続き、快晴の日が少ない六月。しかしマルシェには、もうすっかり夏野菜が並んでいる。先日マルシェで夫が買ってきたバジルの苗に、息子は毎日水やりをしている。料理に使うときに葉をつんで収穫するのも、彼の仕事だ。
夜は、トマトとモッツァレラのパスタにいれる。トマトは日本のものよりも不揃いだが甘味が強い気がして、シンプルな食材でも十分。息子の日頃の世話の甲斐もあって、採っても採ってもすぐに新しく葉が出てくるので、パスタにサラダ、ソースにと、夏の間いっぱい楽しめそうだ。

6月某日。晴れのち小雨。
ルイ・ヴィトン財団が主催するイベント、ファミリー・フェスティバルへ行ってきた。通常展示のほかに、美術館内や庭のいたるところで子ども向けのアトリエ(ワークショップ)やスペクタクル(ショーやコンサート)が開催されていて、家族連れで大賑わいだ。一日がかりでも網羅できなさそうなアクティビティの数々を前に悩みつつも、息子は庭で行われていたセリグラフィー(シルクスクリーン)体験や、風に揺れる妖精のモビール作りなどを楽しんだ。館内でアンリ・マティスの赤の部屋の展示を鑑賞した後は、ダンスのアトリエから流れてくる音楽に身体を揺らしながら、アイスクリームを食べてご満悦。「来週も行きたい!」と目を輝かせていたが、また来年のお楽しみ。

6月某日。曇り。
今週からファッションウィーク。5年ほど前から装花を担当している〈TANAKA〉の今季のテーマは”rose by any name”。「どんな名前でもバラは等しく美しい」という力強いメッセージを表現するため、バラの生産者、アレックスにお願いして、野趣溢れる枝バラをはじめ、数種類のバラを用意してもらった。
ちなみに、〈TANAKA〉の人気アイテムのデニムを私も複数着持っていて、日々愛用している。ただ、空間装飾や撮影など現場仕事の多い職業上、膝をついて作業する場面も多く、汚れたり花粉がついてしまったりもする。大切に穿いていないわけでは決してないのだけれど、作り手が見たらうれしい気持ちはしないだろうな……といつも少々申し訳なくいたのだが、この日、デザイナーが私のデニムを見て「フローリストのデニムって感じ。いいね!」と心からの笑顔でほめてくれた。その一言にとても救われて、人生に寄り添ってくれるデニムに同志のような愛着が湧き、もっと堂々と歩けるような気がした。

[今月の花]睡蓮

広いランジス市場の中でもたった1軒の生産者スタンドでしか見ない、睡蓮の花。
中心に向かって色の濃くなっていく花弁が、一日のうちに閉じたり開いたりする様子が幻想的だ。たっぷりのグラミネ(穂)と一緒に飾ると、ひっそりとした侘びの美が生まれて、味わい深い。

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

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