LIBRARYパリ12ヶ月雑記帖2023.06.30

パリ12ヶ月雑記帖 “juin” —守屋百合香

パリと東京を行き来しながら活動するフラワースタイリストの守屋百合香さんが、小さな息子とパティシエの夫と暮らしているその日々を綴る「パリ12カ月雑記帖」。今回は初夏の日本とパリの景色をお届けします。

6月某日。晴れ。
5月中頃から日本へ一時帰国している。仕事をいろいろ詰め込んでしまったが、ある休日、鎌倉に移住した友人を訪ねた。東京駅から総武線快速に乗り、鎌倉までは1時間ほど。家族旅行でも仕事のためでもなく、一人で遠出したのは一体いつが最後だっただろう。久々に会う友人の顔を思い浮かべ、前日までの疲れも忘れてしまう。
彼女おすすめのイタリア料理店で昼食をとってから、報国寺に連れて行ってもらった。竹の生い茂る庭を散策していると、風が通るたび葉の擦れる音が聞こえてきて、蒸し暑い日にひと匙の涼をもたらして心地良い。日本の湿度や光には、ヨーロッパとは違った情緒があるように感じる。そのあと訪れた浄妙寺では、人の手がかけられた気配がありながらも作為的ではない、楚々とした佇まいの紫陽花や草花に心を奪われ、何度も立ち止まった。

6月某日。晴れ。
1ヶ月ぶりにパリに戻ってくると、真夏のような空が出迎えてくれた。この青天の下を歩いているだけで、無条件に「人生って素晴らしい!」などと思えてしまう、最高のシーズン。
息子と公園で遊んだ帰り道、近所の教会でバザーをしていたので覗いてみると、掘り出し物を見つけた。重さのあるしっかりとした木製のヴィンテージのtabouret(スツール)に、なんと10ユーロの値がついていた。最近、炊事の手伝いが好きで、大人と一緒にキッチンに立ちたがる息子の台にぴったりだと思い購入すると、出品していたマダムが「これは私のお気に入りだったものなの、この子が使ってくれるならうれしいわ」と目を細めて息子の頭を撫で、お菓子をくれた。担いで帰ったスツールで、早速、夜はハンバーグを一緒に作った。

6月某日。晴れ。
フランスでは、3歳から義務教育が始まる。早いもので、息子も今年の9月からは幼稚園だ。区への登録と面談を終え、通う予定の幼稚園の見学に行ってきた。既存のクラスに参加する形で45分間過ごすだけなのだが、生徒たちが次々に息子に話しかけたりおもちゃを手渡してきたりと構ってくれる。はじめは凍りついていた息子も次第に緊張が解け、「がっこう、たのしかった!」とスキップしながら帰路についた。学校長との面談時、彼はまだほとんど日本語しか話さないことを話すと、「フランス語は学校で覚えるものだから、任せて下さい。ルーツである日本語を大切にして、家庭ではどうか日本語を続けて下さい。」と言ってくれたのも心強かった。

6月某日。晴れ。
Atelier Brancusi(アトリエ・ブランクーシ)は、Centre Pompidou(ポンピドゥー・センター)横にある、小さなギャラリー。ブランクーシの彫刻作品が鎮座するこの静かな空間が、私は昔から好きで、無料ということもあって度々訪れている。積極的に何かを感じ取ろうとはせず、ただ身を置いているだけで心が穏やかになる、大切な場所だ。
久しぶりに来て、ふと目にとまった作品のタイトルを見ると、「Le Nouveau-né(新生児)」と「Tête d’enfant endormi(眠る子どもの頭部)」だったことに驚いた。作品が抽象的なので、子どもだとは認識せず見ていたのだが。無自覚ながらも、すでに自分の感性が産後変わってきているのだろうかなどと考える。ひょっとすると、花の仕事にもそれは現れているのだろうか。時の流れとともに変化していく、ありのままの感覚を楽しめたらいいなと思う。

6月某日。晴れ。
メンズファッションウィークが始まり、睡眠不足と戦う日々。期間中は、洋服だけでなく、アートや食、ライフスタイルなど、世界中から集まる人たちに向けた様々なイベントが街中で開かれる。
定期装花を担当しているセレクトショップでは、Maël Le Briandというアーティストによる「LES IRIS(アイリス)」と題した絵画のシリーズを展示していた。作品の着想源になったアイリスを使ってほしいとのリクエストで、シンプルかつ、彼の絵画のようにどこか遊び心のあるものにしたいなと思い、フェンネル(ウイキョウ)、そしてちょっと風変わりなフォルムのニンニクを一緒に活けた。

6月某日。晴れ。
装花の設営ラッシュが一息ついたと思えば、もう撤収が始まる。日曜日なので保育園がなく、息子を連れて撤収作業に回った。
立ち寄ったギャラリーで突然、上品な白髪のマダムに声を掛けられた。息子をデッサンしても良いかと尋ねられ、了承すると、マダムは、普段から持ち歩いているのであろう、ポケットサイズのスケッチブックを鞄から取り出し、静かにデッサンを始めた。長い時間じっと座っていられず走り回る子を描くのはさぞかし難しかろう……と彼女を気の毒にさえ思っていた矢先、「できたわ」と言って見せてくれたのは、私の見慣れている、一方で初めて出会ったようにも思える、息子のシルエット。とても素敵で、記念に写真を撮らせてもらった。

【今月の花】エレムルス

夏の訪れを感じる花、エレムルス。背が高く、枝物にも合わせやすいので装花にもよく使っている。特に、同じく旬のスモークツリーや、サマースイートピー(日本の市場では通称「枝ピー」とも言う、冬に多く出回るものとは違って丈が長く伸びやかなスイートピー)との組み合わせが大好きで、市場に出始めるとつい手に取ってしまう。花は下のほうから順番に咲き上がっていくので、満開になるととても華やかだ。

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

text&photographs: Yurika Moriya

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