LIBRARYパリ12ヶ月雑記帖2024.01.29

パリ12ヶ月雑記帖 “janvier” —守屋百合香

パリと東京を行き来しながら活動するフラワースタイリストの守屋百合香さんが、小さな息子とパティシエの夫と暮らしているその日々を綴る「パリ12カ月雑記帖」。日本で年始を過ごしたあとに戻ったきりりとした冬のパリの日々をお届けします。

1月某日。晴れ。(日本)
元旦から能登半島を襲った震災。お世話になっている野集紙の仁行和紙工房の方々のことを思い、気が気でない。私にできることはほんの僅かだけれど、先日製作したばかりの野集紙ノートを販売し、その販売利益を直接工房へ寄付することにした。多くの方が心を寄せてくださったおかげでノートが完売し、利益を工房へ送ることができたのはありがたかった。工房の方々の協力なしには生まれなかったノート。彼らの手仕事の美しさに、改めて感謝と尊敬の念が深まる。まずは、一日も早く生活を再建できるようにと祈るばかり。

1月某日。晴れ。(日本)
鬼怒川温泉へ、家族で小旅行。ただし、この旅行の目的は温泉ではなく、その道中にある。浅草駅から東武特急スペーシアXに乗車し、終点近くの下今市駅で乗り換えると、蒸気機関車が鬼怒川温泉まで通っているのだ。3歳にして鉄道図鑑を完璧に記憶している、鉄道マニアの息子に捧げる一泊二日なのである。
実際のところ、私はまったく鉄道に興味がなかったのだが、浅草駅で今半のすき焼き弁当を買うやいなや、遠足気分にスイッチが入る。スペーシアXのコックピットラウンジはまるで古き良き時代のホテルのようで、車体の鹿沼組子をイメージした意匠や、和洋折衷のインテリアは、鉄道好きでなくとも一見の価値がある。ゆったりコーヒーを飲みながら車窓からスカイツリーを仰ぎ見、田園風景を眺めて、優雅な乗車時間だった。
蒸気機関車はもちろんのこと、おまけ程度に思っていた温泉も息子はいたく気に入ったらしい。風呂好きは父親譲りかもしれない。翌日も、家族を率いて朝から露天風呂を満喫していた。

1月某日。曇り。
パリに戻って早々、息つく暇もなくファッションウィークが始まるので準備に追われる。息子も早速幼稚園だ。
息子は日本にいる間に日本語がかなり上達したのだが、一方、久しぶりのフランス語環境には自信をなくしていたようで、登園時、フランス語がいやだ、行きたくないと泣いていたので胸が苦しくなった。幼いながらに、いや幼いからこそ、話していることがよくわからないという状況は辛いだろう。周囲からは、すぐにフランス語はペラペラになるから心配無用だと口を揃えて言われる。きっとその通りなのだろうと頭では理解しつつ、今この瞬間に悩んでいる息子をなんとか助けてやりたいと思ってしまうのが親心である。
日中も心配して過ごし、小走りで迎えに行ってみれば、息子はケロッとして走り回っていたので拍子抜けした。話を聞くと友達や先生方が温かく迎えてくれたようで、1ヶ月ぶりの幼稚園はどうやらとても楽しかったらしい。親が思っているよりも、子はたくましく育っているようだ。

1月某日。雪。
初雪。朝の通学路も白く染まった。息子も、ほかの園児たちも、「木が白くなってる!」「あそこの車も白くなってる!」と指を差し合って、はしゃいでいる。
昼には溶けてしまうかと思ったけれど、日差しが弱いからか、夕方になっても雪は残っていた。ヴォージュ広場を散歩すると、噴水には氷が張っていて、ここでも子どもたちが雪を投げたり氷を割ったりして遊んでいた。
真白の雪に覆われて、道行く人々の紅潮した頬や吐息が、パリの街をより美しく見せている。

1月某日。晴れ。
マレ地区の密かな人気スポットのひとつが、スウェーデン文化センターだ。
ここではスウェーデンのアーティストの展覧会が随時行われており、無料で開放されている。また、施設内のカフェFikaは、素朴で可愛らしい店内で本場の北欧菓子やカフェを楽しめるとあって、週末には行列ができる、隠れた人気店である。
息子はシナモンロール、私は温かいカフェラテをいただいた後、文化センターで行われているSara-Vide Ericsonの展示を観賞した。身近な自然をモチーフにすることが多いという彼女の作品のうち、私は馬を描いたいくつかの絵画に心惹かれた。丁寧に、そして詩情をこめて表現された馬のたてがみは、彼女が向けたまなざしの優しさを伝えている。冷たく乾いた空気を感じさせる色彩の中に、生命の温もりが宿っていた。

1月某日。小雨。
アニエスベーから招待いただき、プレゼンテーションを見にいく。息子の幼稚園が今年2回目のストライキにより急遽休みになったため、どうしたものかと困ったのだが、厚意で、息子も同席することを快諾してくれた(学校がストをするというのは、初めはなかなかの衝撃だったが、もう慣れた)。
10区のサン・マルタン運河そばにあるオフィスは、細かなデザインに至るまで、一棟丸ごとアニエスのクリエイションで、圧倒される。新作コレクションを鑑賞した後は、オフィスも案内してもらった。パターンを制作しているアトリエでは、着用時の動きやすさを重視して何度も調整を重ねるという。ショーのための服ではなく、実際に着て生活する人々を常に考えるという信念が伝わってくる。
最上階のテラスに出たときは思わず歓声が上がった。エッフェル塔やモンマルトルのサクレ・クール寺院、モンパルナスタワー。たくさんの煙突が並ぶパリらしい街並みとともに、名所も一望できてしまう。
この場所で、40年以上ものあいだ創造の炎を絶やさずに進み続けるアニエスの脳内を少し覗けたような、貴重な体験だった。

[今月の花]フリチラリア

紫色の花弁と黄色の花芯のカラーコントラスト、そして花弁に描いたかのような細かな市松模様。小さな花でありながらも、いつまで見ていても飽きない、静かな存在感を持つ花だ。ほっそりと伸びる葉も、その控え目な色気を際立たせている。

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

SHARE