LIBRARYパリ12ヶ月雑記帖2022.02.25

パリ12ヶ月雑記帖 “février” —守屋百合香

パリと東京を行き来しながら活動するフラワースタイリストの守屋百合香さんが、1歳の息子とパティシエの夫と暮らしているその日々を綴る「パリ12カ月雑記帖」。今月は、バレンタインにどんな花を贈るのかというおはなしや、2月末の「スキー休暇」なるバカンスのことなど。

2月某日。晴れ。
息子が風邪から中耳炎を併発し、5日間、高熱が続いた。普段有り余るほどの元気でいっぱいの彼が、ソファから一歩も動かずにぐったりして、私が少しでも離れると心配そうに泣く。夜、意識が朦朧としているように見えて、焦って夫と救急病院に連れて行こうとした矢先、少し熱が下がってきたので様子を見ることに。なぜならパリの救急は、行ってもすぐに診てもらえるわけではなく、待合室で6時間以上、ただ診察を待ち続けるだけという状況もザラにあるからだ。運良くかかりつけの小児科に翌日の予約が取れ、息子もだんだん元気と食欲が戻ってきたが、気が気ではなく、眠れない夜を過ごす。

2月某日。晴れ。
無事に回復した息子は、日々、遊びに夢中。久しぶりに息子の笑顔を見られて、涙が出るほど安心した。やはり、調子に乗って、いたずらして怒られるぐらいが、彼はちょうど良い。
保育園では、日中に描いたという絵をもらった。まだ言葉を話さない息子が何を感じて紙に色をのせたのかと思いを馳せて、名もなきアートを眺める。
2月2日はフランスではクレープの日だったそうで、遅ればせながら、夫が焼いてくれた砂糖だけのシンプルなクレープをパクつきながら、すっかり後回しになっていた月末のバカンスの計画を相談する。

2月某日。曇り。
もうすぐバレンタイン。オーダー分のブーケを束ね、連日お届けに回る。フランスでは、愛する人へ花を贈るのがバレンタインの慣習で、当日は花束を抱えた人たちが街中行き交う。人気のフローリストには、花を買い求める人の行列が朝から晩まで絶えないほどだ。
ちなみに、以前はバレンタインのブーケ=赤いバラが主流だったが、近年は、旬でもない輸入物の赤いバラではなく、フランス産の、季節の花を選ぼうという動きが花業界で活発になっている。7年前に私が研修していたフローリストでは当時から既にそのポリシーを貫いていて、私も共感している。アネモネやラナンキュラス、ヒヤシンス……ただでさえ、魅力的な旬の花たちが、多すぎて悩ましいほど市場に溢れているのだ。
花を届けるのはいつでもうれしいけれど、愛のメッセージをこめられた花であれば、それは尚更。時々息子と一緒に配達することもあるのだが、どこでも温かく迎えてもらえて、時には手助けしてもらえることまであり、ありがたい。以前働いていたインテリアショップには、職場に赤ちゃんを連れてきて働いていた女性もいたし、それを当たり前のように受け入れる社会の寛容さもうれしい。

2月某日。晴れ。
バレンタイン当日、夫からケーキとプレゼントをもらった。ケーキもブーケも、バレンタインだからといって特別感のない職業の夫婦だけれど、いつだって、贈られたら気分が上がるもの。夜ご飯には、韓国料理をリクエストして作ってもらった。いわゆるバレンタインのディナーのイメージとはますますかけ離れるようだけれど、学生時代に韓国料理屋でバイトしていた夫の作るビビンバは絶品なのである。
恋人から夫婦、親へと、人生を共に進んできた道のりの豊かさを思い、感謝。特別な日でなくても、日頃からお互いへの感謝を伝えることを忘れないようにしたい。

2月某日。曇り。
同い年の子をもつ友人と、パートナーシップについて語り合う。産後、我が家では自然と「パパ」「ママ」と呼び合うようになっていたのだけれど、私の周りを見る限り、フランスでは、子供がいてもお互いを「パパ」「ママ」で呼び合うカップルはひと組もいない。記念日の夜にはシッターさんに子供を預けて、二人だけで外出する時間を設けている夫婦も珍しくないのだ。育児をしていて、家の中も身なりも24時間きれいに整っているというのはちょっと非現実的だけれど、たまには気合を入れたおめかしをして出掛けたり、「パパ」「ママ」ではない時間を過ごすということは、メリハリがあって、良いなと思った。歳をとっても親になっても、日常にアクティビティが必要なのは大人も子供も一緒だ。

2月某日。快晴。
(イェール、ボルム・レ・ミモザ)

 

フランスではスキーバカンスとも呼ばれる、2月末のバカンス期に入る。我が家はスキーではなく、南仏の街イェールへ。初日はイェールからさらに足を伸ばし、“ミモザの里”ボルム・レ・ミモザを訪ねた。暖冬で開花時期が早かったのか、お目当てのミモザは最盛期を終えたものが多かった代わりに、ピンクのブーゲンビリアが早くも咲き始めていた。バス停から山頂まで延々と続く坂道はなかなかハードだったものの、坂の途中で度々目にする地中海と空、ブーゲンビリアやミモザといった花たちが織りなす鮮やかな色彩の美しさと、パリにはない真っ直ぐな太陽光をたっぷり浴びて、心身ともに充電された。
 
 
[今月の花]
 

チューリップはこの季節の人気者。色や花びらの形状など、様々な種類がある。固く小さな蕾がふっくらと色づき始め、開花したあと、花芯が見えるほど開ききって咲く姿はドラマティックだ。思い思いの方向へと伸びてゆく茎も、予測不可能で面白い。そして、散ってなお、テーブルに落ちた花びらの水分が抜けて透き通ってゆくのも情緒的で、いつまでも楽しませてくれる。

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

Text&Photograph: Yurika Moriya

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