おいしいおはなし第43回『みどりのゆび』チトのためのスグリの実のゼリー

「みどりのゆび」という言葉を知っていますか? 園芸が得意な人のことを意味する言葉です。小学生の頃、いろいろな草花を育てたり、割り箸でビニールハウスを作ってイチゴを栽培してみたりと園芸に熱心だった私に、誰か大人が「すごいね、みどりのゆびを持っているね」と言ってくれたのがこの言葉との出会いで、のちにそのタイトルのおはなしがあることを知りました。
『みどりのゆび』の主人公はチトと呼ばれる少年です。ミルポワルという豊かな街の、大変お金持ちの家庭に生まれました。しかし、チトは学校の勉強にうまく馴染めず、学校をくびになってしまいます。でも、彼には特別の才能がありました。それが、みどりのゆびの才能です。彼が土に触れると、土の中に眠っていた種が目を覚まし、あっという間にぐんぐん伸びて花を咲かせるのです。彼がその才能をこっそりと活躍させて、貧困や病気など人々の苦しみを解決する様子は、冒険物語のよう。そして、チトが何か問題と出会ったあとには、おはなしのなかにうっとりするほどたくさんの草花が咲き乱れます。
やがて、遠い砂漠で戦争が起き、チトは戦争について考えることになります。そしてその戦争があるからこそ、この街と自分の家がお金持ちであるという事実を知ります。

チトは考えました。《とすると、つまりミルポワルが作った大砲を、お互いに撃ちあって、両方で庭のこわしっこをしようとしているわけだ!》
「商売とはそういうものです。」とかみなりおじさんはつけたしました。
「それなら、おじさんの商売って、おそろしいものなんだね。」(138頁)

「そういうものです」という大人の考えに真っ向から異を唱えたチトは、そのみどりのゆびで戦争に抵抗します。登場するのは、ヒルガオやノブドウなど絡みつく蔓性の植物に、イバラやイラクサなど肌にチクチクする草花、小さなタネを飛ばすホウセンカや、ウマノアシガタやヒナギク、ハコベなどの小さな花々!

こんなふうに、このおはなしにはたくさんの植物が登場します。それを「どんな姿だろう」と調べるのも、『みどりのゆび』の味わい方のひとつだと思います。そして、その美しくそれぞれに個性的な植物とともにチトが立ち向かっていったものについて一緒に考え、感じながら、読む人は物語の結末に誘われていきます。
作者であるフランスの作家、モーリス・ドリュオンは、第二次世界大戦中にナチス支配下のフランス・パリからイギリス・ロンドンに逃れ、レジスタンス活動をしていました。その時に行動を共にしていた叔父とフランス語で作詞したのが「パルチザンの歌(Le chant des partisans)」。この歌は反ナチスのプロテストソングとして戦中イギリスのBBC放送で盛んに流されました(今も第二のフランス国家と呼ばれ広く愛されているそうです)。戦後、歴史作家として成功したドリュオンが、唯一小さな子どもたちのために書いた作品が、この『みどりのゆび』です。
ドリュオンは植物好きな人だった、と訳者あとがきに書かれています。なるほど、たくさんの植物が登場するだけでなく、チトのお父さんが飼っている特別品種の馬の姿を「スグリの実のように赤い」と表現しているほどですから。そしてやっぱりここで「スグリの実ってどんなの?」と調べてみると、「スグリの実色の馬のおしりは、よくカットされたとても大きなルビーに似ていました」(22頁)というのにも納得です。
さて今回は、大人や社会の「そういうもの」にみどりのゆびで対抗した勇敢でやさしいチトのために、このスグリの実(レッドカラント)が輝くゼリーをつくりました。キラキラと透明で、つるんと口の中で溶けてはかないながら酸味のきいたこのゼリーに、チトのイメージを重ねて。

〔材料〕

【100㎖くらいのゼリー型6個分】
A
 熱湯 100㎖
 粉ゼラチン 8g
B
 レッドカラントのジャム 80g
 砂糖 75g
 水 200㎖
レモン水(レモン1/2個を絞って水を足したもの) 150㎖

〔つくり方〕
  • ゼラチンを溶かす。
    Aのゼラチンをボウルに入れ、熱湯を振りかけてしばらくおいてから、スプーンなどで混ぜて粒がなくなるまで溶かしきる。
  • レッドカラントのジュースを作る。
    小鍋にBをすべて入れて弱火にかけ、砂糖が完全に溶けきるまで、時々軽く混ぜながら軽く沸騰させて、火を止める。
  • ゼリー液を作る。
    ②が熱いうちに①を加えてよく混ぜ、最後にレモン水を加えて温度を下げる。
  • 冷やし固める。
    ③を氷水で冷やし、とろりとしてきたらゼリー型に流し入れ、冷蔵庫で2時間ほど冷やし固める。
    食べるときは、ゼリー型の底をぬるま湯にさっとくぐらせお皿をかぶせてひっくり返し、お皿と型を押さえながら上下にとんと振るときれいに外れます。

スグリの実は、英語でレッドカラント、フランス語でグロセイユ。酸っぱくて、しゃっきりするおいしさです。夏になると園芸店に実のついた鉢植えが売っていたりします。製菓材料店で冷凍の実も売っているので、真っ赤な自家製ジャムから作るのも楽しいです。

『みどりのゆび』
モーリス・ドリュオン作、ジャクリーヌ・デュエーム絵、安東次男訳(岩波書店)
ある豊かな街の大変お金持ちの家に生まれたチト。彼は特別な才能、みどりのゆびを持っていた。彼が土に触れるとその中の植物の種が目を覚まし、ぐんぐん育つ。庭師のムスターシュじいさんのアドバイスを受けて、チトはこっそりとその才能を発揮し、苦しむ人々を助けていく。そうやってチトが世の中の「そういうものだから」という古い考えを壊し、それを信じる大人たちを驚かせて変えていく様子は痛快でありながらも、さまざまな植物に彩られて詩的で美しい。しかし、チトはみどりのゆびでは解決できない問題に直面し、ある行動に出る……。

子どもの文学のなかに登場する(あるいは登場しそうな)おいしそうな食べ物を、読んで作って紹介している連載「おいしいおはなし」。第40回までの連載をまとめた単行本『おいしいおはなし』(グラフィック社)は、全国書店または各オンライン書店にて発売中。

文と料理:本とごちそう研究室(やまさききよえ・川瀬佐千子) 
写真:加藤新作
スタイリング:荻野玲子