LIBRARYInnocent View2023.03.09

Innocent View 山谷佑介

「人間っていろいろ脚色しがちだけど、 そうじゃない写真を撮っていきたいという思いがずっとあるんですよ」山谷佑介

——青春時代に傾倒したパンクカルチャーを追いかけた作品集『Tsugi no yoru e』 でデビューした山谷佑介さん。その後、赤外線カメラを使った『Into the Light』、 ドラムパフォーマンスを取り入れた『Doors』 など、作品ごとにさまざまな撮影方法を試みる。スタイルを変え実験を繰り返しながら、彼が写真で捉えようとしている世界とは。——

世界に身を投げ出し、衝突の中で撮り続ける
過去に縛られたくないっていう思いが、僕はなぜかすごく強いんですよね。変わり続けていたいんだと思います。「投企」っていうハイデガーが提唱した哲学の概念があるんですけど、まさにそれです。この世に存在することになってしまった人間が、常に世界に向かって身を投げ出して、自己を発見し、創造し続けていく、ということなんですけど、その、身を投げ出したいっていう気持ちが僕の原動力だったりするのかな。

最初の写真集『Tsugi no yoru e』は大阪でパンクのコミュニティを撮ったものですが、あえてほとんど知り合いがいない大阪を選んだのもそういう理由だと思います。若者が道頓堀に飛び込んでいくこの写真は、「身を投げ出す」という意味においてちょっと分かりやすすぎる表現ではあるけれど、これから写真家として生きていく決意表明として写真集の1ページ目に選びました。


©Yusuke Yamatani

僕が写真を撮り始めたのは22歳で、大阪で撮るようになったのは24、25歳くらい。その時考えていたのは、10代前半からずっと好きだったパンク、スケーターカルチャーの人たちのところへ、カメラを持ってもう一度戻りたい、ということでした。まさに自分の原風景を切り取りに行くような気持ちですよね。でも、自分がずっとバンドをやっていた東京で、昔からの知り合いに「おう、元気?」みたいな感じで撮ったら意味がないと思いました。それじゃ緊張感もないし、自分の撮りたいものしか撮らないでしょ。同じバックグラウンドがある人間なんだけど、「はじめまして」だから生まれる衝突みたいなものが欲しかった。撮ろうと思っていなかったものを撮るくらいの勢いでした。自分が頭の中に思い描いているものを具現化したくて、写真をやっているわけじゃないから。

「この瞬間を残したい」人間のシンプルな欲求が写真
写真は、目の前の事象をそのまま写し取るものです。僕はその機械的な冷たさが好きなんだと思います。誰でも撮れる、でもこだわればいろんなことができる、っていうシンプルさ。絵などの他の表現と比べても、シンプルさの度合いが違いますよね。写真は垢抜けちゃいけないメディアだ、と思うんです。この瞬間を切り取りたい、捉えたい、という人間の純粋な欲求がずっと根源にあるものだから。

遡れば、紀元前にギリシャのアリストテレスや中国の墨子がピンホールカメラの原理について記述を残しています。目に見えているものを像にして残す、ということに対する人間の関心は古えから世界中にあった。そして、1800年代に写真が発明された時には、みんな驚いて、感動したと思うんです。伝統を崇拝したいわけじゃないけど、そういう写真という手法の原風景みたいなものは、いつも気になるかな。

僕はパッションを持ってカメラをやってるけど、自分の好きなスタイルやカルチャーで埋め尽くしていくような作品は作りたくなくて、カメラが勝手に撮りました、くらいの感じがいいと思ってるんです。それを極端に具現化したものが、『Doors』という、ドラムパフォーマンスの音にセンサーが反応してカメラが自動的に撮影していくという作品でした。あれはドラムセットにパソコンを繋げて、プリンター出力までできるようにシステムを組んでいるのに、僕がやると、どんな手法でもアナログに見えてしまうみたいで。シュッとした感じにならないのは僕のキャラクターのせいなのかな(笑)。まあ、そういうプリミティブさが写真には大事だと思うんですけどね。

原風景は、生きていく限り変わるものかもしれない
僕は子どもの頃の思い出があんまりないんです。例えば、家族で動物園に行った、みたいなシーンは覚えているんだけど、特別語るほどのものはない、という感じ。記憶に意味づけをしたくないのかもしれない。

それって、僕の写真の考え方とも近いんですよね。自分という存在は、思い入れがあるものだけで形成されていくわけではなく、実際には取るに足らない記憶の蓄積であったりするでしょ。人間っていろいろ脚色しがちだけど、そうじゃない写真を撮っていきたいという思いがずっとあるんですよ。

今、横須賀に中古の一軒家を買って改築中なんですが、なぜ横須賀を選んだかっていうと、22歳くらいの時に1年ほど住んでいた長崎に似ていたからなんです。長崎って海も山もあって、坂が多くて、階段を登るたびに風景が変わっていく。横須賀もまさにそうで、なんかグッと来ちゃったんです。そういえばこのスクワット※の家の写真(Top Image)も、写真を始めたばかりの頃にミラノで撮ったものですが、作っている横須賀の家になんとなく似ている気がします。そういう意味では、22歳の頃に見た風景が今を形作っているわけで、そういうふうに原風景って常に更新されていって、生きていく限り変わり続けていくものなのかもしれない……と今、話していて思いました。だから、子ども時代の思い出があまりないのは、記憶を更新し続けた結果なのかな。

知らない場所に行って新たに自分を知る、ということが好きだから、いろんな場所を転々としてきたんですよ。そんな自分が家を買ったからいろんな人に驚かれたんですけど、僕は、帰る家があるからこそ外を向き続けていられる、と思ってきた。僕にこれまで実家があったように、今度は僕の子どもたちが大人になっていく上で、帰る場所をつくってあげられるのは大切なことかもしれない。ま、一番は自分のためなんですけど。

とはいえ、一生そこに住む気はさらさらないんですよ。住む場所や暮らしが変わると、自分の凝り固まった考えに気づけるし、新しい発見がありますから。今は、依頼される仕事を受けることで、知らない場所や知らないアイデアのなかに身を投げ出して、試行錯誤しています。これからも、世界に向
かって身を投げ出しながら実験の精神でいろいろやってきたいなと思ってますね。

※放棄された建物などをアーティストやミュージシャン、アナキストたちが占拠し居住すること。またその場所。

Top Image ©Yusuke Yamatani

写真家
山谷佑介

1985年、新潟県三条市生まれ。横須賀在住。2013年に限定150部で自費出版した『Tsugi no yoru e』で注目される。作品集は『ground』(2014年)、『Use before』(2015年)、『RAMA LAMA DING DONG』(2015年)、『Into the Light』(2017年)など多数。2018年、ドラムセットに振動センサーをつけ自動的にポートレートを撮影するパフォーマンス『Doors』を披露。2019年にはヨーロッパでもツアーを行った。

Interview&text: Chiaki Seito

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