『サウザンド・アンド・ワン』(2021年)変わりゆくニューヨークで築こうとした母子の居場所
1994年。アイネスは窃盗の罪で服役していた刑務所から、かつて働いていたニューヨークのブルックリンに帰ってきました。里子に出された幼い息子のテリーのことが、彼女には気がかりでした。案の定、預けられた家でうまくいっていないテリーは、自分を捨てていったアイネスに泣きつきます。どうしようもなくなった彼女は、州の保護下にあるテリーを入院していた病院から連れ出し、二人で自分の故郷であるハーレムへと向かいます。アイネスは友人の家や間借りした部屋に息子を匿い、二人で住む場所を確保しようと必死に働きます。
昨年のサンダンス映画祭で高い評価を受け、バラク・オバマ元大統領がその年のベスト映画の一本に選んだことでも話題の一作です。90年代から2000年代にかけてのニューヨークの街と、変わりゆく都市の中で仕事と居場所を確保するために懸命に生きる女性の姿が印象的です。両親をドラッグで失い、愛を知らずに育ったアイネスはカッとなりやすい性分の女性。それでもテリーに強い愛情を抱き、彼のために生きるその姿が胸を打ちます。アイネスを演じるテヤナ・テイラーはR&B歌手としても有名で、役柄と同じくハーレム出身。そこで苦労して子どもを育てる母親たちの現実を知っている彼女だから体現できるリアリティがあります。
かつての恋人であるラッキーと結婚し、三人で“家族”になることを夢見るアイネスに、残酷な現実が次々と降りかかってきます。やがて、テリーの高校で彼の出生届と社会保障番号が虚偽であることが発覚。更に辛い真実を息子に告げなくてはならないところまで彼女は追いつめられるのです。
「(幼い時のあなたは)私を必要としていた」アイネスはテリーに打ち明けます。でも彼を「必要としていたのは私の方」だったとも。社会的には認知されない関係性でも、互いの存在をよすがとして暮らしてきた二人の間には確かな絆がある。血のつながりによってそうなったのではなく、選んで一緒に生きることを決めた人々もまた家族なのです。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』『ノーマル・ピープル』(共にサリー・ルーニー著/早川書房)等。
Text: Madoka Yamasaki
Illustration: Naoki Ando