『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』(3/3公開)破天荒な物語の中で見えてくるのは家族の愛
コインランドリーの経営と確定申告、そして家族の問題に悩む中年女性が、この世界どころか、それに連なる全ての平行宇宙(マルチ・バース)を救うスーパーヒーローになる? 奇想天外な話ですが『エブリシング・エブリウェア・オールアットワンス』は切実な家族映画でもあります。
この映画の主人公、エヴリンは中国からアメリカに渡ってきて、夫と共にコインランドリーを営む女性。確定申告の書類に不備が見つかり、税務署で責められた彼女はもう限界状態です。そんなとき、頼りない夫のウェイモンドが変貌します。別の平行宇宙のウェイモンドが彼の中に入り込んだのです。彼は様々な平行宇宙のエヴリンたちについて彼女に教えます。エブリンの人生は失敗だらけ。彼女が選択を誤るたびに、そこで生じた“別の可能性”が新たな宇宙を生んでいたのです。ある宇宙では、彼女はカンフーの達人で大女優(演じるミシェル・ヨーの現実の姿を反映しています)、ある宇宙では盲目の歌手、ある宇宙では女性のパートナーと暮らすソーセージの指を持った女性……そうした様々なエブリンの能力にチャネリングして、彼女はこの世界を破滅させる大きな敵、ジョブ・トゥパキと戦わなくてはいけません。
その“ジョブ・トゥパキ”とは本当は何者なのか。それが判明すると、このシュールな世界観がエブリンの抱える家族の問題に直結していることが分かってきます。エヴリンは今ある自分の人生を肯定するために、そしてバラバラになりそうな家族をもう一度つなぎとめるために、持てる能力を全て駆使して、絶望と戦っているのです。
壮大なSF作品に見えて、その根底にあるのはささやかな家族間のすれ違い。自分を認めてくれない頑固な父親とどうやって折り合いをつけるか? 日々の中で忘れてしまった夫への優しさをどうしたら取り戻せるのか? そして何より、こじれてしまった娘との関係をどのように修復するのか。それは人生の大問題です。でもエブリンは、家族の絆を諦めない。逃げずに自分の人生の問題に立ち向かう人は、誰よりも勇敢なのだと思わせてくれる不思議な作品です。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』『ノーマル・ピープル』(共にサリー・ルーニー著/早川書房)等。
text: Madoka Yamasaki
illustration: Naoki Ando