A Sense of Wonder 扉の開け方「本と出会う時」
——子どもの世界は、驚くべきことや不思議なことにあふれています。日々の中で子どもたちはそれら不思議の扉をひとつひとつ開け、何かを感じて自分なりの解を得ながら成長していきます。子どもはどうやって扉を見つけ、そして開けるのか? その時、大人はどう寄り添う? 今回は、子どもと本のお話。児童文学評論家の赤木かん子さんはある論文を読んで、「子どもに本を読んであげなければならない」ことが腑に落ちたと言います。——
大切なのは、“てにをは”のある文章を聞かせること
なぜ子どもに本を読んであげなきゃならないの? という疑問を持ちながら、私たちは子どもたちにずっと本を読んできました。理由は分からないながらも、本を読んであげていると小さな子どもたちはたいそう喜び、目に知的な輝きが宿り、成長していくということを大人は経験上知っているからです。
ところが一昨年、アメリカの言語学者が驚くべき論文を発表しました。彼によると「人間の脳には初めから想像力が備わっている、ただしスイッチを入れないとその力は発動しない。そしてそのスイッチを入れるのは言語だ」というのです。
想像力というと日本では物語を空想する力、というように捉えがちですが、彼の言う想像力とは「あの木切れをこう切ったらこんな形になるだろう」ということを予想する力で、この力がないと道具を作ることはできません。長いこと人類と猿の違いは道具を使うことだ、と言われてきましたが、猿は道具を使います。でもさすがに、道具を“作る”ことはできないのです。「人類は7万年前に想像力と言語を同時に手に入れたのだ」というのがその論文の概要でした。
以前、自転車を盗んだ子に「盗んだら捕まるに決まってるでしょう!」と言ったら「わからんかった……」と言われて拍子抜けしたことがあります。たまたま目の前にあって乗ってみたかったから乗った、そうしたらどうなるかは“想像できなかった”。ということは、予測する力、想像力が働いていない、ということです。
その能力にスイッチを入れるのが、言語、それも“てにをは”のある言語だとその論文はいうのです。ということは、「早くしなさい」とか「ごはんよ」というような簡単な言語だけでは想像力のスイッチは入らない……。きちんと文章の形をとった日本語を聞かせなければならないのだとしたら、いつもそういうふうに会話するか、「そんなの無理!」だったら一番手っ取り早い方法は、本を読んであげることでしょう。「あるところに おじいさんと おばあさんが いました」というような文章には、“てにをは”がありますから。
そうだとするといろいろなことが腑に落ちるのです。子どもたちの中には、ときどき先ほどの自転車の子のように「予測する力が働かない」ために日常生活に支障をきたす子どもたちがいます。もしかしたらごく小さな頃に“てにをは”の入った日本語に触れる機会が少なかったのかもしれない、そのためにスイッチが入らなかったのかもしれない、と考えれば納得できます。
子どもの純粋な「これ読みたい」を大人は守らなければならない
なぜ子どもに本を読んであげなければならないか。これがそのひとつの答えです。小さな子どもたちには本を読んであげなくてはならない。それは「したほうがいいこと」ではなくて「必ずしなければならない不可欠のこと」。人間が持って生まれた予測できる力を働かせられるようになるために、ということになるでしょう。
そうなると、情緒的な物語ばかりではなく、論理的で“てにをは”を使った文章で作られている図鑑や学習マンガだって不可欠だ、ということになります。
ですからどうぞ、小さな子どもを公共図書館のようなさまざまな本のあるところに連れていって、「読んで~」と子どもが自ら持ってくる本を「あぁ、いいよ、いいよ」と読んであげてください。「えぇ、これ~っ?」と言わないのが、ポイント。
そしてできたら、毎月1冊は「何でもいいから本を買ってあげるよ」と、本屋さんに連れていってあげてください。で、ここでも「えぇ、これ~っ?」とは言わないこと。
選択権があれば人は自分で考え始めます。「自ら学び考えられる子どもに」というのが今の文科省の狙いですが「そういう子どもになるためにこの本を読みなさい」ではなく、子どもの純粋な「この本を読みたい!」を大人は守らなければならないのです。
そして、子どもが自分で探せないようなものを「こんなのはどう?」と見せることも大事です。ぶ厚いクジラの写真集は大人向けの書棚にしかありませんが、クジラが好きなら2歳でも喜んで眺めるでしょう。「これはいい本だから」ではなくて、「これを見せたらあの子がどんなに喜ぶかしら」が判断の基準です。
楽しいか楽しくないかは、本人が決めることです。迷ったら……“ここ”に戻ってきてください。「あの子がどんなに喜ぶかしら」に。
赤木かん子
長野県松本市生まれ、千葉育ち。法政大学英文学科卒業。1984年に、子どもの頃に読んでタイ トルや作者名を忘れてしまった本を探し出す「本の探偵」として本の世界にデビュー。以来、子どもの本や文化の紹介、ミステリーの紹介・書評などで活躍する他、全国で学校図書館や公共図書館へのアドバイスも行っている。www.akagikanko.net
Text: Kanko Akagi
Illustration: Hiroyuki Ishii