A Sense of Wonder 扉の開け方「アートと出会う時」

——子どもの世界は、驚きや不思議にあふれています。日々の中で子どもたちはそれらの扉をひとつひとつ開け、自分なりの解を得ながら成長していきます。子どもはどうやって扉を見つけ、開けるのか? その時、大人はどう寄り添う? 今回は、子どもとアートのお話。美術館で子どもと作品を前にした時、さて一緒にどう楽しめばよいのか。親子でアートを楽しむヒントを、ミュージアムエデュケーターの菅沼聖さんに教えてもらいまます。——

対話型鑑賞法を通じてわかるのは、目の前の作品に呼応して立ち上がる「鑑賞者=自分」の存在

「アートってなあに?」
子どもからこんな質問をされたら、あなたならどう返答しますか。大人の方は少しギクッとしてしまいますよね。私はアートセンターに長く勤めていることもあり、アートや芸術という言葉が絵や彫刻のような物質的な 表現だけを指しているわけではないことは知っています。他にも小説や音楽、演劇、ダンス、映画などもアートの言葉の範疇に含まれるでしょう。加えてコンセプチュアル・アートと呼ばれるような、形がなく、観念的な表現もあります。これは「現代アート」と呼ばれる作品に多い表現形式です。
アートは定義の難しさから「高尚なもの」「難解なもの」 というレッテルが貼られることもしばしば。広範な領域に及ぶこの概念を、一言で子ども に説明できるような魔法の言葉は果たしてあるのでしょうか。残念ながら私は持ち合わせていません。でもきっと大丈夫。言葉で伝えられないのであれば、一緒に体験して理解していけばよいのです。子どもは体験を通じて学ぶ天才なのですから。

子どもと一緒に楽しくアートを体験する、おすすめの方法を紹介します。1980年代に MoMA(ニューヨーク近代美術館)で開発されたVTS(ヴィジュアル・シンキング・ストラテジーズ)という「対話」を中心とした美術鑑賞法があります。事前知識や鑑賞スキルなど、アートについてのリテラシーを必要としない鑑賞法として、主に学校の先生、生徒向けに開発された方法論です。日本国内でも美術館や学校教育での実践に加え、最近ではビジネスパーソンが観察力や思考力を鍛えるための取り組みとしても普及しています。

この対話型鑑賞法では一枚の絵画を見ながら、ファシリテーターと呼ばれる進行役が鑑賞者に対して3つのシンプルな質問を繰り返し投げかけます。
1.絵の中でどんなことが起こっていますか?(What’s going on in this picture?)
2.何を見てそう思いましたか?(What do you see that makes you say that?)
3.もっと発見はありますか?(What more can we find?)
これらの質問の特徴は、鑑賞者個人の「発見」を起点に、問いを深化させていくところです。そこに正解や不正解はありません。絵画の美術史の中での位置づけや作者の意図、使用されている技法などの前提知識も必須ではありません。自分が見たこと、思ったことをそのまま素朴に言葉にすればよいのです。また、複数人のグループで対話型鑑賞をすることで、他の人の気づきや解釈を聞き、「自分にはこう見えるけどあなたにはそう見えるのか」という異なる価値観に出合うことができるのも醍醐味のひとつです。

このメソッドは絵画を鑑賞する際に特に有効ですが、「初めてみるもの」や「わからないもの」に対して問いを展開し、思考を進める方法として非常に優れています。うまく応用することで、美術館の中の額装された絵画でなくとも、日常の何気ない風景や子どもが粘土で作った造作物にだって対象を広げることもできるでしょう。おしゃべりの延長のような感覚で親子や友だち同士でもできるので、ぜひ一度挑戦してみてください。

対話型鑑賞を通じてわかること、それは目の前の作品に呼応して立ち上がる「鑑賞者=自分」の存在に他なりません。「美しい」「懐かしい」「楽しい」「悲しい」「好き」「嫌い」……作品を前に私たちの心にはさまざまな感情や思索が現れます。作品はまるで「映し鏡」のように鑑賞者である自分の姿を映し返すのです。そして作品の見え方が自分次第で変化することも、鑑賞体験の中から知ることができます。その日の気分によって違うこともありますし、誰と見るかでも違ってくるでしょう。「お空に浮かぶ雲に見える」「私には透き通った海に見える」が同時に存在してしまうのが、アートの面白さであり難しさです。

もうみなさんお気づきだとは思いますが、アートとは「作品」と鑑賞者である「自分」との間に生まれる共同的な創造行為なのです。どちらか片方だけで成立するものではありません。この相互的な関係性こそがアートの本質なのです。

ミュージアムエデュケーター
菅沼 聖

山口情報芸術センター[YCAM]で2009年よりミュージアムエデュケーターとして勤務。近年は研究機関、自治体、企業などとの共創事業を担当。YCAMがメディアアートのクリエイションで得た知見を応用し、多様なコラボ レーターとともに社会に新たな価値を創出する共創の枠組み作りに取り組む。2019 -2020年アールト大学メディアラボ研究員、光村図書美術教科書(中・高)編集委員。

Text: Kiyoshi Suganuma
Illustration: Yuki Maeda