パリでフラワースタイリストとして活躍する守屋百合香さんが、日々の中で出会ったり使ったりするフランス語の単語をキーワードに綴るエッセイ。暮らす人ならではの視点や嗅覚で、パリの空気やフランスの文化を切り取ります。もちろん、フランスの花事情にも注目。各単語の後ろのn.m.は男性名詞の意味、n.f.は女性名詞の意味。

découpage (n.m.)(デクパージュ)[切り絵]
グラン・パレで開催中のアンリ・マティス展へ行った。息子がいたく気に入って、珍しく飽きずに最後まで鑑賞したので驚いた。特に、切り絵の手法を用いた作品たちは、彼の好奇心を大いにくすぐるものだったらしい。一番感動していたのは、南仏ヴァンスにある「マティス礼拝堂」のステンドグラスを模したもので、鑑賞用ベンチにしばらく腰掛けたあと、立ち上がって、ここがおうちだったらいいのにと呟いた。息子の熱意に背中を押されて展覧会のカタログも購入し、帰宅後、この夏はヴァンスに旅行しようかと密かに調べた。それからも、街でマティス展の広告を目にするたびに指さしては「マティスだ!」と歓声をあげていた。
その週末は、連休なのに出かける予定もなく、大雨で公園にも行けなかった。当てにしていた図書館まで休み。思い立って、画材店でA3の画用紙、色紙、水彩絵具を買ってきて、自宅で小さなマティスのアトリエを開くことにした。
そうは言っても正しいやり方などわからないので、まずは見よう見まねで、カタログを一緒にめくって楽しむ。ただ鑑賞するよりも、あとで自分も描くのだと思いながら眺めると、形の輪郭や色の配置が急に具体的に目に入ってきておもしろい。
水彩絵具で好きな色に塗った画用紙に、ハサミで切った色紙を配置して、貼る。無作為に切るというのが大人には難しく、ついさっき見たばかりの「お手本」が頭をよぎって真似をしてしまうが、だんだん夢中になってくるとそれも忘れて、ただ一心に手を動かすのが楽しくて仕方ない。息子は次々に生まれてくるパーツをいろいろなものに見立て、ストーリーを作りながら一枚の作品を完成させていく。結局6枚の切り絵を完成させ、色紙がなくなったところでお開きになった。気がつけば日が暮れて雨足も弱まり、外は静かになっていたが、テーブルいっぱいの色とかたち、床にまで散らかった色紙の切れ端で、家の中だけがいつまでも賑やかである。

rocher (n.m.)(ロシェ)[岩]
ロッククライミングが好きな息子のために、クライマーたちの聖地と呼ばれるフォンテーヌブローへ出かけることにした。パリから車で1時間半ほどの森に、世界中から人が集まってくるという。
駐車場に車を停め、大きなマットを背負ったクライマーたちの後を追うようにして森へ入っていくと、不意に巨大な砂岩が目の前に現れた。道があるようなないような森の中だが、慣れた様子の人たちが岩の間をずんずんと進んでいく。来た道を覚えておかないと、すぐに迷子になってしまいそうだ。この砂岩は、砂の層が固まり、長い時間をかけて削られてできた自然のものだという。あまりにも広大で、古い遺跡に迷い込んだような気分になる。
すこし探検して、ちょうど良さそうな低めの岩場をみつけた。岩の上に横一列に座り、持参した弁当を食べる。ピクニックで食べるおにぎりというのはどうしてこんなにおいしいのか、いつも不思議で仕方ない。周りを見渡すと、ハンモックを吊るして昼寝をする人も、見るからに本格的なクライマーも、赤ちゃん連れの家族もいて、それぞれに自然を楽しんでいる。
夫と息子がクライミングに夢中になる間、私はレジャーシートを敷き、寝転んで文庫本を読む。葉の揺れる音や鳥の声に混じる、息子と夫の笑い声で、ああすこし遠くにいったな、近くに戻ってきているなとわかる。陽射しは強いが風が心地よく、いつの間にかうたた寝をしていた。
遊び尽くした息子と夫が戻ってきて、一目散にお菓子に手を伸ばして頬張る。冒険談を聞きながら、背中の汗を拭いてやる。パリに帰る前に休憩がてら、ミレーのアトリエがある村、バルビゾンに立ち寄った。中庭のあるカフェでアイスティーを飲み、火照った体を冷ます。藤やバラがそこらじゅうに咲く、可愛らしい村だった。
案の定、バルビゾンから車を発進してすぐに息子は眠ってしまった。一度通った道だからか、名残惜しいからなのか、楽しかった日の帰り道はいつでも、来るときよりもずっと早い。

pont (n.m.)(ポン)[橋、飛び石連休]
4月も半ばを過ぎた頃から、幼稚園の保護者たちが口々に「来月はpontばかりだから大変」と言い始めた。フランス語でpontとは「橋」のことだが、祝日と週末のあいだの平日を休みにして連休にしてしまうことも指す。カレンダーを見ると、確かに5月はほぼ毎週祝日がある。幼稚園からも「この週は木曜日が祝日なので、金曜日も休園にします」と堂々と連絡が来る次第だ。学校も仕事も、リズムが崩れてどこか落ち着かない。その中でどうにか予定をやりくりして「通常運転」を保たなくてはなどと考えていたのだが、どうやらパリの人々は早々にスイッチを切り替えてしまうようだ。つい直前まで頻繁にやり取りしていた仕事のメールも、突然の「OOO(アウト・オブ・オフィス)」の自動返信が届き、呆気に取られる。こんなときにはどうあがいたところで仕方ない。街の空気が一気に緩くなるのを感じる。
梅雨のように冷たい雨の日が続いたあと、急に真夏日が訪れた。半分休みのような空気と天気とが、ずっと噛み合わないままだったので、久しぶりの青空に心が躍る。アイスを食べに行こうと息子を誘い、自転車の後部座席に乗せた。夏にはいつも行列ができる、サンマルタン運河沿いのアイス屋へ向かう。アイスを手に、混み合う運河沿いの端っこに空いた場所をみつけ、滑り込む。語り合う若者たち、本を読む人、書き物をする人、溶けるアイスを舐めながら船が通るのを待つ息子。誰も、何も急いでいない。オンとオフの間の、曖昧な余白が漂っていた。水面に向かって脚を伸ばして、私もしばし、そこに身を任せる術をおぼえる。

glycine (n.f.)(グリシーヌ)[藤]
アトリエのあるパッサージュには、毎年藤が咲く。春の終わり頃、石造りの建物を柔らかな淡い紫の房が一気に覆い、まるごと季節に染めてしまう。先日立ち寄ったバルビゾンでも、石壁や古い街灯に絡む藤が見事で、風に揺れて甘い香りを漂わせていた。けれど、その美しさは儚く、今年も咲いたと喜んでいるうちに、もう花びらが地面に落ちていく。息子が一生懸命に拾い集めてきた花びらを、水を張った器に浮かべ、惜しむようにもうひとときだけ楽しんだ。
