LIBRARYパリ12ヶ月雑記帖2024.12.26

パリ12ヶ月雑記帖 “décembre” —守屋百合香

パリと東京を行き来しながら活動するフラワースタイリストの守屋百合香さんが、小さな息子とパティシエの夫と暮らしているその日々を綴る「パリ12カ月雑記帖」。いろいろな思いに触れて満ちる一年の終わりのシーズンをお届けします。

12月某日。小雨のち曇り。
連日、曇り空のパリ。家の中で過ごす時間が増えるので、ランジス花市場で、仕入れのついでに自宅用にヒヤシンスとアマリリスの球根をいくつか買ってきた。ヒヤシンスはバルコニーの鉢に植え替えて、アマリリスは室内に置くことにした。世話好きの息子は早速ジョウロを出してきて、張り切っている。
そういえば、ランジスには大量のサパン(もみの木)を積み下ろししているトラックがいた。いったい何千本、何万本積まれていたのか、見当もつかない。あの一本ずつが、これからパリ中の家庭へ運ばれてゆき、オーナメントに彩られ、24日の夜中には、足もとにそっとプレゼントが置かれるのだろう。

12月某日。小雨。
フランスのノエルは、日本でいうお正月のように、親戚一同が集まるのが一般的だ。そこで、たとえば夫の実家に行く場合、義父母、義理の兄弟姉妹、さらにその家族……お互いがお互いに、それぞれプレゼント交換をする文化があるらしい。彼らのノエルにかける情熱は並大抵ではないにしても、大変な労力と出費だろうと想像する(それに比べれば、日本のお年玉文化の方がまだシンプルな気もする)。時代とともにだんだん廃れてきている習慣ではあるらしいが、それでも12月の週末は、街じゅうがプレゼントを探す人々で賑わう。
そんな中、マルシェ・ド・ノエル(クリスマスマーケット)にお声かけいただき参加した。
女性クリエイター9名の合同イベントで、普段、基本的に一人で仕事をしているので、同じように一人でブランドを立ち上げ、奮闘している同年代の女性たちに、大いに共感したし、学ぶところも多かった。昨夏mardiでコラボレーションした陶芸家のCharlineとここで再会できたのもうれしい。ちなみに、彼女が日本ではありふれているのにパリでなかなか見つけられない、「ある食器」を作っていたので飛びついた。それは、「丼鉢」である。日仏の食文化の違いは食器にも表れていて、特にラーメンやうどん、親子丼などをよそうための感じの良い器にはずっと出会えずにいたので、よくぞ作ってくれた!と感激した。我が家の冬の食卓も、これで万端整ったようなものである。

12月某日。晴れ。
幼稚園で年末のパーティーが行われた。昨年は日本にいたので、初めての参加だ。各自持ち寄りとのことで、バナナとりんごのパウンドケーキを作った。こういうとき、誰が何を持ってくるかといったことを誰も全く気にしないのがフランスの気楽なところだ。ケーキを焼いてきた人、みかんをゴロンと持ってくる人、行きがけにパン屋さんで買ってきたであろうマドレーヌを持ってくる人……。皆ばらばらだし、事前に打ち合わせもない。そのゆるさが性に合っていて、とてもありがたい。
最後にホールへ移動し、園児たちが今月練習してきたというノエルの合唱曲を何曲か披露してくれた。昨夏の合唱発表では息子は一切歌わなかったので(当時猫になるのが夢だった息子は、その大事なタイミングで猫になってしまっていた)、どうかしらと思っていたら、年少組の子を世話しつつ、身を乗り出して歌っていたので、その成長ぶりに驚いた。しかしながら、昨年は「一曲でいいから歌っておくれ」と見ていたのに、今となっては、あの猫になっていた息子が愛おしく、懐かしいとさえ思う。一度通り過ぎれば、決して戻ってはこないのだ。

12月某日。曇り。
突然だが、パリは、東京よりもホームレスの方々が多い印象がある。そして、日本から来た観光客は驚くけれど、彼らに食べ物や小銭を渡す市民も多いと感じるし、時には世間話も交わす。
息子と家路についていた夕方、路上にテントを張って暮らしている方が、テントにノエルの装飾をしていた。彼は息子を見ると、封を開けていないキャンディーを持ってきて、手渡してきた。私が彼に何か渡そうとバッグの中を探すと、それを制する素振りを見せて、「そうじゃない、ただノエルだから子どもにプレゼントをしたいだけなのだ」と言う。彼の表情を見て、本心からそう思っているのだと感じ、ありがたく気持ちを受け取り、その場を後にした。息子に路上生活者の方について説明しながら、私は失礼なことをしてしまったかもしれないと後悔した。幸せとはなんだろうと途方もないことを考えずにはいられなかった。自分でも少し迷ったけれど、息子と話し合い、翌日小さなお菓子を買って渡すことにした。

12月某日。晴れ。
先日のインスタレーションで使った大量の葡萄で作った自家製コンフィチュールをブリオッシュにつけて、簡単な朝食をとる。今年はとにかく息子がキッチンに立ちたがり、夫と一緒にたくさんの甘いものを作ってくれた。少し早いけれど、一年を振り返って手帳を捲る。そこに記されているのは、主に仕事や旅行の記録だ。でも、そういった記念碑に刻まれるような出来事よりも、日々息子が世話をしているアマリリスの蕾が膨らんでいく様子や、ヒヤシンスの香りに包まれて穏やかな気持ちでいる時間、数えればきりがないけれど、儚く尊い、記録されない時間をできるだけ覚えていたいと願う。

12月某日。晴れ。
ノエルのタイミングを見計らったかのように、アマリリスの蕾がすべて咲いてくれた。
パティシエである夫も、私も、職業柄、この時期は忙しい。もちろん大好きな仕事ではあるが、一方で、息子にノエルらしいことをしてやれていないと焦りを感じる。街に溢れるノエルの雰囲気に心華やぐ一方で、ささやかな後ろめたさもある。
当日までディナー装花の仕事もあり、凝った料理も作れないが、クロンヌ・ド・ノエル(クリスマスリース)をテーブルに置いて、真ん中に、息子が作った蜜蝋のキャンドルを灯す。残った花で小さなブーケを束ねて、シルバーの花瓶にいける。フランス語で書かれたサンタさんへの手紙を読み解き、仕事の合間に奔走する。きっと夜遅くには、夫がビュッシュ・ド・ノエルを持って帰ってきてくれるはずだ。
毎年ゆっくり祝うことのできない我が家のノエルではあるが、家族で花とケーキを囲み、息子の喜ぶ顔が見られたら、この一年、すべてよしとしようじゃないか。

[今月の花]ユーフォルビア

「ユーフォルビア」と一口に言っても、実は世界に2000種以上もあるのだが、私がこの冬よく手に取ったのは、踊るように垂れるほっそりとした茎と、そこに連なる小さな花が楽しげなもの。アマリリス(スパイダー)やヒヤシンスといった存在感のある花と組み合わせることで、ノエルらしい華やかさと軽やかさを感じさせて。

——本連載は今回で最終回となります。ご愛読ありがとうございました。来春からは、守屋百合香さんの新しい連載がスタートします。ご期待ください。(編集部)——

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

Text&Photographs: Yurika Moriya

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