『アイアンクロー』(2023)に描かれる家族の絆の喜びと苦しみ
1980年代、フォン・エリック兄弟はプロレス界の花形でした。彼らの父親は70年代に悪役レスラーとして活躍したフリッツ・フォン・エリック。彼はプロレス団体を立ち上げ、息子たちをレスラーとして育てようとします。
筋肉隆々の体を作り上げるための食事、厳しいトレーニング。フォン・エリックの家庭生活はまるで軍隊のキャンプのようです。プロレスにおける身体的な強さを信仰する兄弟の絆は強く、父親の言うことは絶対。最初に頭角を表したのは次男のケビン(ザック・エフロン)でしたが、三男のデビッド(ハリス・ディキンソン)や、陸上からプロレスに転向した四男のケリー(ジェレミー・アレン・ホワイト)に人気が集まるようになると、父フリッツは彼らをスターにするために心血を注ぐようになります。
実在したフォン・エリック兄弟を演じるために俳優たちはみんな肉体改造をしていて、プロレス・シーンは見応えがあります。中でもケビンを演じるザック・エフロンの変身ぶりには目を見張るものがあります。そしてその強靭な肉体の向こう側に、家族を誰よりも愛する優しい心や、自分の信じたものに賭ける、聖職者のようなストイシズムが透けて見えるのです。家族、そしてプロレスへの彼の献身は純粋なものです。しかし、ケビンの信じたものは、同時に彼にとって何よりも大事なものを奪っていきます。デビッド、ケリー、そして末っ子のマイク。弟たちが次々と命を落とす様を見て、彼はプロレスを第一とする家族の在り方や、父親の強権ぶりについて疑問を抱くようになります。
フォン・エリック兄弟の悲劇は、家族のつながりが時に有害になることも示しています。しかし、ケビンをその轍から解放するのも、また家族なのです。鎧を外して、柔らかい心をさらしても安心できるところがなければ、人は世間や、自分の掲げた理想に押し潰されてしまう。ケビンが自分の幼い息子たちの前で泣くとき、家族は彼にとって自分の弱さを受け入れてくれる場所へと変わっていきます。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』『ノーマル・ピープル』(共にサリー・ルーニー著/早川書房)等。
Text: Madoka Yamasaki
Illustration: Naoki Ando