LIBRARY新しいファミリー映画2022.10.20

新しいファミリー映画 Vol.15—山崎まどか

家族のカタチが多様になってきた近年、家族で楽しむファミリー映画もファミリーを描く家族映画も、いろいろで面白い。そんな“新しいファミリー映画”を、コラムニストの山崎まどかさんがピックアップしてご紹介します。

『アフター・ヤン』(10/21公開)美しい映像で描く家族の記憶の物語

『アフター・ヤン』の監督のコゴナダは、小津安二郎の影響下にあることで知られています。その彼の新作はまるで「小津が撮ったSF映画」のような作品。

舞台は近未来。「テクノ」と呼ばれるAIロボットが普及していて、子育てなどの一般家庭における補助的な役割を果たしています。茶葉の専門店を経営するジェイクとその妻のカイラ、そして彼らの養女であるミカにとって、アジア人の風貌を持つ「テクノ」のヤンは重要な存在です。白人の父と黒人の母、中国系のミカを“家族”として結びつけながら、ミカにアジア系としてのアイデンティティーを持たせる役目も負っています。ミカにとってヤンは単なる子育てロボットではなく、兄にも等しい相手なのです。

ところが、そのヤンが突然に動かなくなってしまう。ジェイクはヤンの修理のために奔走します。中古品で、かつては他の家族に従事していたこともあるヤン。その来歴にも故障の理由がありそうです。探っていくその過程で、ヤンの内部に一日ごとに数秒の動画を記録するパーツが備わっていたことが判明します。その動画を再生したジェイクが見たのは、切れ切れの家族の記録。ヤンの目を通して、過ぎゆく日々が愛おしく、貴重なものとして蘇ってきます。

まだ機能していた頃のヤンにジェイクが茶葉の魅力について語るシーンが印象的です。お湯の中でゆっくりと茶葉が開き、芳香や風味が広がる様子は、失われた時間が思い出として立ち上がっていく過程に似ています。ミカだけではなく、ジェイクやカイラの中でも惜別の思いが湧き上がり、その思いとヤンが自分の心の中でシャッターを押した瞬間の数々を分かち合い、残された三人の家族としての絆は強いものになっていきます。

ここでは記憶の共有が、血のつながり以上に家族にとって大切なものとして描かれています。そして、それを教えてくれたヤンはもういない。かつての彼はロボットとして家庭内で有益な存在として重宝されていたかもしれません。動かなくなって、彼はジェイクたちにとってそれ以上のものになりました。不在によって、家族の一員としての彼が見えてくる。切ない物語です。

『アフター・ヤン』
AIロボット「テクノ」が普及した近未来の世界。「テクノ」のヤンは、ある家族で養女のミカの面倒を見る存在として暮らしていた。しかし、ある日故障して動かなくなり、ヤンを「哥哥(兄)」と 慕っていたミカはふさぎ込んでしまう。修理を試みる父のジェイクは、ヤンのボディの中にあるパーツを見つける。そこに記録されていたのはヤンの目から見た家族の短い動画。さまざまなシーンを再生しているうちに、ジェイクはあるヤンの秘密を発見し……。近未来の家族の切ない物語が美しい映像で描かれる。
監督・脚本・編集:コゴナダ
出演:コリン・ファレル、ジョディ・ターナー=スミス、ジャスティン・H・ミン、マレア・エマ・チャンドラウィジャヤ、ほか

10月21日(金)よりTOHOシネマズシャンテほか全国順次公開
配給:キノフィルムズ
©2021 Future Autumn LLC. All rights reserved.

コラムニスト
山崎まどか

15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』(サリー・ルーニー、早川書房)等。

Text: Madoka Yamasaki
Illustration: Naoki Ando

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