おいしいおはなし 第41回『魔法使いのチョコレート・ケーキ』のチョコレート・ケーキ

それはどんなチョコレート・ケーキなのだろう? と、学校の図書館の本棚に並ぶこの本の背表紙を見たときに興味をひかれたのを覚えています。だって、魔法使いの作る食べ物といえば、魅力的だけど毒が入っていて食べるとカエルになっちゃうとか、実は材料がトカゲの干物やコウモリのフンだったりとか、だいたいワナがあります。ところが、この『魔法使いのチョコレート・ケーキ』は、大人になった今でも忘れられないほど、それはもう絶対においしいケーキだったのです。
そもそもこの魔法使い、料理の腕はピカイチですが魔法の腕はイマイチで、自分も他の人もみんな「わるい魔法使い」だと認識しています。それはつまり「腕が悪い」だけなのだけど、それゆえに子どもたちはこの魔法使いとかかわると〈なにか、きみのわるいものに変えられてしまうのだと考えたのです〉(62頁)。だから、魔法使いはひとりぼっち。町の人たちとも、魔法使い仲間とも疎遠になって、ひとり町外れに暮らす魔法使いは寂しげです。読みながら、「この人本当はすばらしいチョコレート・ケーキを作るんだから、みんなー、遊びに来てー!」と、本の中の姿の見えない町の子どもたちに向かって大きな声で呼びかけたくなるほどに。
そんな魔法使いの傍らに寄り添うのはりんごの若木。魔法使いはりんごの木にこれまたすばらしい肥料のケーキをこしらえて、自分は〈たまご十個を入れて焼いたカステラに、とかしたチョコレートをかけて〉(60頁)作った絶品ケーキを大きく一切れお皿に取って、朝のお茶の時間を一緒に過ごすようになります。りんごの木は〈木だって、話し相手になれるかもしれない〉(62頁)と考えた魔法使いの期待に応えるように、葉をさやさやと鳴らし、木漏れ日をきらきらと輝かせます。そんなふうに魔法使いとりんごの木の穏やかな時間が流れ、そしてついに、木も思わず笑い声を立ててしまうような、素敵な訪問者たちがやってくるのです。そのできごとに、読んでいてどれだけうれしかったことか!

ニュージランドの作家であるマーガレット・マーヒーのこの短編集に収められているおはなしは、子どもたちの日常の中に魔法や不思議が魅力的に描かれ、人とそうでないものとの交流が描かれます。それでこの本を読むとつい、「自分のまわりにももしかしたら不思議が起こっているのかも」と、帰り道に自分の後ろに何かがついてこないかなんども振り返ったりして、その度に「あれはやっぱりおはなしの世界のことか」と少しがっかりしながらも、家に帰って本のページを開けば、作者の想像の翼の中にすっぽりと包まれて不思議や魔法を味わうことができました。それは、チョコレート・ケーキのことがずっと忘れられなかったのと同じくらい、忘れられない楽しい時間です。
さて、憧れの魔法使いのチョコレート・ケーキ、真似して作ってみるならこんな感じ。一度食べたらもう一切れ! とやみつきになって、お茶の時間には自然と魔法使いの家に足が向いてしまうような味に仕上げました。その魔法の材料は……。

〔材料〕

(直径18cmのケーキ型1台分)

◎スポンジ
 卵 3個
 グラニュー糖 90g
 薄力粉 100g
 シナモンパウダー 小さじ1/2
 無塩バター 10g

◎ガナッシュ
 クーベルチュールチョコレート 150g
 生クリーム 150㎖
 バター 10g

マーマレード 大さじ1
お湯 大さじ1

〔つくり方〕
  • スポンジの下準備。
    型にクッキングシートをひいておく。側面はしわが寄らないようにハサミで切り込みを入れて、型に沿わせる。
    オーブンは170℃に温めておく。
    薄力粉はシナモンパウダーと合わせ2度ふるう。
    無塩バターは湯せんにかけて溶かしたら、湯から外してあら熱をとる。
  • 卵を泡立てる。
    きれいなボウルに卵3個を割り入れハンドミキサーでほぐし、グラニュー糖を加える。ハンドミキサーは最初ゆっくり、混ざってきたらスピードアップし、ボウルを回しながら泡立てる。
    つやつやのもったりした細かい泡ができ、ハンドミキサーを止めて持ち上げたときに落ちてくる生地がボウルの中でリボン状に跡が残るくらいまでしっかり泡立てる。
  • 粉を混ぜる。
    ふるった粉を②に3回に分けて加え、都度ゴムべらで、泡をつぶさないよう、全体を切るように混ぜる。
    溶かしバターを加えてさっと混ぜ合わせ、スポンジ型に静かに流し入れる。
    全部流したら、一度10cmくらいの高さからとんと落とし、生地の中の余分な空気を抜く。
  • 焼く。
    温まったオーブンの中段で約40分焼く。後半、様子をみながら前後を回したり、焦げそうなら上にふわっとアルミホイルなどをのせる。
    焼きあがったら網の上にひっくり返して型を外し、シートはそのままに濡れふきんをかけて冷まし、完全に冷めたらシートをはがして乾燥しないようラップなどでくるむ。
    ここまで前日にやっておくか、6時間ほどおいたほうが仕上げがしやすい。
  • 仕上げ。
    マーマレードは皮を細かく刻み、お湯と合わせてよく混ぜておく。バターは湯せんにかけ溶かす。
    スポンジケーキを均等な厚さで三枚にスライスし、マーマレード液をそれぞれに軽く染み込ませる(スポンジが乾燥しないようにラップしておく)。
    ボウルにチョコレートを入れ、沸騰直前まで温めた生クリームを少しずつ加え、ゴムべらで静かに混ぜて溶かす。溶かしバターも加えて混ぜる。
    網に一番下のスポンジを1枚のせ、手早くガナッシュを塗り広げる。その上に2枚目のスポンジをのせ、ガナッシュを塗り広げる。最後のスポンジを重ねたら、スポンジの表面に中心からたらすようにガナッシュをすべて流し、自然に広がり落ちるのを待つ。冷蔵庫で冷やし固め、大きく切ってめしあがれ。

ガナッシュは冷めると固くなり、きれいにコーティングしにくくなるので、仕上げの準備は万端に整えておき、ささっと仕上げましょう。

『魔法使いのチョコレートケーキ マーガレット・マーヒー お話集』
マーガレット・マーヒー作、石井桃子訳、シャーリー・ヒューズ画(福音館書店)
収録された短編はどれも、主人公は子どもたち(ときどき子どもたちの味方の大人)。そしてその周辺に、森に住む人、木々や鳥、裁縫の達人ミドリノハリや幽霊などが登場し、日常のワンシーンの中に不思議や魔法が美しく描かれます。ときに一文が長く独特のリズムのある文体は、いつも声に出して娘たちに読み聞かせながら書いていたという作家の創作の仕方から生まれたものかもしれません。

子どもの文学のなかに登場する(あるいは登場しそうな)おいしそうな食べ物を、読んで作って紹介している連載「おいしいおはなし」。第40回までの連載をまとめた単行本『おいしいおはなし』(グラフィック社)は、全国書店または各オンライン書店にて発売中。

文と料理:本とごちそう研究室(川瀬佐千子・やまさききよえ) 
写真:加藤新作
スタイリング:荻野玲子