Lifestyle magazine
for modern family

Lifestyle magazine
for modern family

DATE 2018.11.20

40『思い出のマーニー』傷ついた心においしいシチュー

子どもと一緒に読んで作って食べたい「おいしいおはなし」をご紹介。今日はイギリスの海岸の町を舞台にした女の子たちの物語から、愛情たっぷりのシチューです。

孤独なアンナを変えた海辺の暮らしでの出会い

新しい本を読むときに、ついついあとがきや解説のページから読んでしまう、という人は少なくないのではないでしょうか? 私もそのひとりで、どっしりと分厚い『思い出のマーニー』を手に取ったときも、ぱらぱらっと後ろのページを開き、訳者あとがきを読み始めました。そこには、こんな風に書いてありました。

***

もしも、この物語を読もうかどうしようか迷いながら、このあとがきを先に読んでくださっている方があったら、はじまりの部分が少し読みにくいかもしれないけれど、どうぞ続けて読んでいただきたいーー(中略)ここを通り抜けると、すばらしい物語が展開していきます。(P.379)

***

ページの最初に戻って物語の世界を開いてみると、そこは主人公のアンナの旅立ちのシーンでした。アンナは、心配そうに見送る養母のミス・プレストンに無表情を向けている不機嫌な女の子です。でも、その冒頭のシーンは、私にとっては決して読みにくいものではありませんでした。電車が出発するギリギリなってようやく、ミス・プレストンに「チョコレートありがとう、さよなら」と言えたアンナに、なんとなく自分にも似たところがあるような気がして、目が離せなくなってしまったからです。

彼女が早めの夏休みを許されて、海辺のペグおばさんの家に滞在することになったのは、その無気力のためでした。彼女にとって世界は「内側」か「外側」かであり、自分以外の人たちはいわば魔法の輪の内側の人で、自分はその輪の外側にいるのだと考えています。だから、アンナは無表情の「ふつうの顔」をして、「心を空っぽに」「なんにも考えない」「誰も会いたくない」「心を鋼のように固くして」いるのです。思っていた以上に孤独な心を抱えているアンナの見ている車窓の風景は、ぼんやりとして焦点が合わず、モノトーンの絵のようです。

しかし、海辺の町にやってきたその日から、アンナのモノトーンの世界に色がつきはじめます。入江に面して立っている古いやしきとの出会いがアンナの好奇心を少しずつ蘇らせ、そこに暮らしている大人に囲まれてひとりぼっちのマーニーと出会い、心を開いていくのです。

現実の世界でさみしい思いをしていた二人は、まるで双子のかたわれを見つけたように心を通じ合わせ、海辺の自然の中で二人だけの世界を作り上げていきます。そこには大人も他の子どもも介在しない、だからこそ二人が安心して遊べる夢のような世界です。その二人だけの世界の中で、ひとり外側の世界においてけぼりにされていることを感じているアンナにマーニーは「あたしは、今までに会ったどの女の子よりも、あなたがすき」と励まし、意地悪な大人たちに囲まれて辛い思いをしているマーニーのためにアンナは怒り同じように「あたし、ほんとに、あなたがすきよ」(P.196)となぐさめます。

しかし、その静かなパステルカラーのような日々に、嵐がやってきます。千々に乱れる心を抱えたアンナに、さらに自然の荒々しささえも襲いかかるのです。

そして、嵐が去り、さらに物語はまた新しい絵を描きはじめます。アンナの周りに現実世界が生き生きと流れ始め、登場人物がぐっと増えます。マーニーとの出会いで、モノトーンからパステルカラーに変わったアンナの世界が、ますます彩度を増し、全ての輪郭がくっきりとしていくのを感じます。もう、そこは内側の世界でも外側の世界でもありません。そして、物語は思いもよらなかったドラマティックな結末に向かっていくのです。

この物語はアンナの再生の物語です。そしてその過程には、アンナにたくさんの愛情が注がれ、読みながら私たちもそれを受け取って行き、癒されていくような気がします。

「とにかく、あの子は、わたしらには、金みたいにいい子だからね」(P.57)とご近所さんに宣言してくれたのはペグおばさん。嵐の日には、打ちのめされているアンナにブラウン・シチューを作ってくれました。玉ねぎをいためるそのおいしそうな匂いが家の中に広がる様子に、読んでいる人のお腹が鳴りますが、深く傷つき眠っていたアンナには、その匂いは届かなかったようです。

深く深く傷ついた心を治すには、おいしいものだけではなく時間がやっぱり必要だけれど、おいしいものはその時間を生きる力をくれます。そういう意味では、おいしいものが心の傷を治してくれるというのは、やっぱり間違いないのだと思います。

『思い出のマーニー』ジョーン・G・ロビンソン著、松野正子訳(岩波書店)主人公のアンナはみなしごで、プレストンさん夫妻にひきとられてロンドンで暮らしています。ミス・プレストンはアンナを愛し、大切にしてくていれるのですが、アンナは堅く心を閉ざし、無表情に無気力に日々を送っているため、気分転換にミス・プレストンの古い友人のペグ夫妻の家に滞在することになったのです。その海辺の町で気ままに過ごすようになったアンナは、入江にやしきを見つけ、そのやしきがずっとアンナを待っていたような気がします。そしてそのやしきに暮らすマーニーと出会い、二人は固い友情で結ばれるようになります。アンナは初めてできた本当の友だちに心を開き、本音で話ができるようになっていくのですが……。ファンタジックな前半の物語から、次第に秘密が解き明かされていく後半のドキドキを味わってください。