LIFESTYLEInterviews2026.05.28

Baby Pride

都会に赤ちゃんの居場所を!

近年、都会での子どもたちの居場所に関心が高まっている。でも赤ちゃんの居場所は? フランス人とベルギー人が主催する団体「ポリティーク・デュ・ランジュ(おむつ政治)」は、赤ちゃんを中心とした都市生活を訴えている。

「よだれかけをしてお外へ!」「おうちの外でミルクを!」。ベビーカーが連なり、風船が掲げられ、幼いジョルディくんが歌った1992年のヒット曲「Dur dur d’être un bébé(赤ちゃんはつらいんだ!)」が鳴り響く。2024年9月の「女性の文化遺産の日」の一幕だ。ブリュッセルのマロール地区では、赤ちゃんの権利を訴える第1回「ベビー・プライド」が行われた。
 ベビーカーに乗った赤ちゃん、抱っこされた赤ちゃん、パパ、ママ、子どもたち、ひねりの効いたスローガンのプラカード。雰囲気こそ親しみやすいが、デモを主催した「ポリティーク・デュ・ランジュ」の訴えは極めて大まじめだ。赤ちゃんたちの「ハイハイする権利」「遠くを見られる権利」「汚れる権利」などを切実に求めている。

都市の中で忘れられた赤ちゃんたち

 都市社会学の検証により、都市のある実態が浮き彫りになっている。フランスの社会学者クレモン・リヴィエールの研究によると、1980 年代以降、子どもたちが公共の場で自由に過ごす時間は減る一方。さらに、コロナ禍では「子どもたちは室内に」という考えが浸透し、小さな子どもたちはめっきり外で遊ばなくなった。
 この現状に危機感を感じたベルギーの「ラ・ヴィル・オ・ザンファン(子どもたちの街)」やモンペリエの「レ・ザンファン・ドゥオール(子どもたちを外へ)」のような団体が、子どもと外の世界との結びつきを取り戻す活動を行っている。一方で、自治体の取り組みはどうなっているのか? パリ市はコンクリートの校庭の緑化や、学校周辺の道路の歩行者専用化を進めている。前向きな取り組みではあるが、乳幼児に対する対策はいまだ置き去りにされたまま。前出の2つの団体の創設者たちは次のように嘆いている。
「近年、子どもの目線から見た街づくりに注目が集まっています。ですが対象は歩ける子どもや就学児がメインで、乳幼児に対する配慮は足りていません」

赤ちゃん目線で見直す街づくり

 赤ちゃんは今、都市において見えない存在となっている。その問題と向き合うため誕生したのが「ポリティーク・デュ・ランジュ」だ。主催はブリュッセル在住の景観デザイナーであり研究者のポリーヌ・カブリ、パリ第1 パンテオン・ソルボンヌ大学の都市計画学准教授オレリアン・ラモスの若き二人だ。このプロジェクトは、日常のふとした出来事から誕生した。二人がブリュッセルの街を歩いていた時のこと、オレリアンは、赤ちゃん連れのポリーヌが移動に苦労していることに気づく。そしてちょうどその頃、ブリュッセル市が都市開発の新たなアプローチを求めてプロジェクトを公募していた。そこで二人は、都市空間における0歳から3歳児の居場所に関する研究を提案。見事採用に至り、2023年にプロジェクトが始動した。
 まずは保育士、アシスタント・マテルネル(認可保育ママ)、預けられた子どもたちの日常を検証。さらにはインフラ、交通においてどのような選択や利用可能なオプションがあるのか調査した。乳幼児の欲求に理屈は通用せず、感情もそのまま表れる。そんな赤ちゃんにとってどんな街が過ごしやすいのか? どこで歩き、座り、ハイハイできるのか? そうした観点から調査を進めた結果、二人が“究極にインクルーシブな空間”と呼ぶ公園は別として、ブリュッセルはパリと同じように赤ちゃんにとってありがたくない都市だと判明した。
「車が優先の社会だと、交通面で弱者の安全が脅かされがちです」(ポリーヌ)

歩いて、ハイハイして、触れる。赤ちゃんが五感を使える街へ

 調査を終えた二人は、都会で暮らす赤ちゃんの訴えとして10項目のマニフェストを掲げた。「いろんなところで遊ぶ権利」や「何でも口に入れる権利」まである。
「都市空間を赤ちゃんにとっての目覚めの場所にしたいんです。五感で感じて、体を使って味わえる場所に。ベビーカーの中に寝ているだけでは、自然との関わりはそれほど多くありません。風を感じることはできても、目に見えるのは木々の梢だけです」(ポリーヌ)
だからこそ、マニフェストには「自然とふれあう権利」も含まれている。
「小さな子どもは、周りのものに触れたいという欲求があります。触れて、口に持っていきたい。濡れて、汚して遊びたい。ところが、外の世界は衛生面、健康面で信用できません」(オレリアン)
乳幼児のための環境づくりは、あまりにも遵守すべきルールが多く、技術的にクリアすべき課題が山積みだ。例えばフランスでは、マロニエや栗の木のようにトゲのある実がなる木は、安全上の理由から子ども用施設の近くに植えることができない。自然とのふれあいという観点から見るとあまりにばかばかしいルールだ。

赤ちゃんと都市で生きるために

 彼らが掲げたマニフェストには「上の子と一緒にいる権利」もある。
「具体的には、年齢ごとに遊び場を分けるべきではないという訴えです」
 ポリーヌは2人の子どもを育てる大変さを語ってくれた。
「上の子が遊び場に行きたいと思っても、下の子には一緒に遊ぶ場所がありません。連れて行ったとしても、結局は下の子が落ちていた吸殻を食べようとしたりして……」
 年齢の異なる子が一緒に遊べる屋外の遊び場の重要性はもちろんのこと、大人同士で交流したいという親たちの存在も忘れてはならない。
「いろんな世代の人とかかわりたいと願うのは当たり前のことですから」(ポリーヌ)
 学校に通うようになると、子どもは親の手を離れて移動し自立していく。一方で、都市に住む赤ちゃんは、抱っこでも、ベビーカーでも、すべては大人の行動に左右される。
「赤ちゃんたちは、大人が移動するリズムに従うしかありません」(ポリーヌ)
「乳幼児の目線で街を見ると、女性の居場所についても考えさせられます。主に子育てをしているのは女性ですから。赤ちゃんが見えていないということは、赤ちゃんを連れた人も見えていないことを意味します」(オレリアン)
 そして二人は「お外でミルクを飲む権利」も訴える。
「街中に安心してミルクを飲ませられる場所があること。座り心地が良い椅子や、背もたれとひじ掛けのあるベンチなどが必要です」(ポリーヌとオレリアン)

歓迎される赤ちゃんたち

こうした不便にひとつひとつ丁寧に向き合うことで、少しずつ「ベビーフレンドリー」な民間施設やレストランが増え、乳幼児を歓迎する空気が広がりつつある。
「民間での広がりは見られますが、行政は時代に追いついていません。本来ならば行政が先頭に立って乳幼児との共生を考えていくべきですが、その取り組みは、いまだに個人や家庭まかせになっています」(オレリアン)
 二人の調査結果はすでに行政に報告済だ。「おむつの革命」と呼べるほどの変化はまだ起きていないが、それでも事態はゆっくりと動き始めている。ベルギー南部の都市では、遊び場をよりインクルーシブにする見直しが始まった。フランスにおいても、さまざまな団体が彼らの研究に興味を示している。パリ市は屋外スペースを持たない託児所について、二人と意見交換を行った。また、フランス国鉄のSNCFでは、彼らが中心となって、生後1000日までの乳幼児の移動や公共の場での障害物に関する「ベビーフレンドリー」調査が行われる予定だ。
 さあ、ベビーカーを押して街に出よう!

Text: Clémentine Gallot
Illustration: Pauline Cabrit
Translation : Kumi Hoshika

SHARE