LIBRARYパリ12ヶ月雑記帖2024.09.30

パリ12ヶ月雑記帖 “septembre” —守屋百合香

パリと東京を行き来しながら活動するフラワースタイリストの守屋百合香さんが、小さな息子とパティシエの夫と暮らしているその日々を綴る「パリ12カ月雑記帖」。新学期が始まった9月。子どもの成長を追いかけながら、花や緑のある空間を作る日々のこと。

9月某日。晴れ。
フランスの学校は9月が新年度。息子も幼稚園のMS(=Moyen Section、年中クラス)に進級だ。登園中、新しい教室での生活を想像して、息子と手を繋いで歩く自分の方が緊張している。門をくぐるや否や、新入生たちの泣き声の大合唱が聴こえてきた。
学校ではクラス編成が縦割りになっている。家では甘えん坊の息子が、教室に入った途端にキリッとして、年少の子に「大丈夫だよ、学校楽しいよ」などと優しく声をかけていたので、驚いた。昨年は、息子もなかなか学校生活に慣れない中で上級生に世話してもらっていたから、今度は自分の番だと思っているようだ。昨年の今頃は、「フランス語がわからないから学校がこわい」と泣いていたのに。子の成長は早すぎて、気がつけば親は置いてけぼりになってしまう。

9月某日。晴れ。
9月に入って、我が家の新しい習慣が増えた。月曜日、息子を学校へ送った帰りに夫婦で一緒にカフェへ行くことだ。そこで将来の話や、お互いの仕事の相談をしたりする。これを定例会議と名付けた。家にいる時の会話はどうしても時間が限られ、子どものことや業務連絡的な内容に偏りがちだが、場所を変えて外で話す時間をつくることで、気分も切り替わるし、有意義な時間をもてるので、できるだけ続けられればと思う。それに、近所の新しいカフェを開拓するというおまけの楽しみもあるのだ。

9月某日。曇り。
土曜日、息子にとって初めての習い事に行く。歌や踊りが好きなので、徒歩圏内のダンス教室を探したところ、幼児向けに”Danse Classique(クラシックダンス)”のクラスがあった。早速体験レッスンを申し込み、当日、クラスを見回すと、なぜか真新しいレオタードや白いタイツを履いた女の子たちが勢揃いしている。フランスではクラシックダンス=バレエを指すことを、恥ずかしながらこの瞬間に知ったのである。
どうなることかとそわそわしながら教室の外で待ち、レッスン後の息子に感想を聞くと、どうやら彼はとても気に入ったようだ。日本とは違ってこちらの習い事の多くは年間契約で、一年分を一括前払い、途中で辞めても返金不可という、親にとっては恐ろしいシステムなので、その後も何度も息子に意思を確認するが、「もっと練習したい」と言うので、通わせることに決める。

9月某日。晴れ。
ダンス教室から指定された男子のレッスン着は、「白Tシャツ、黒のレギンス、布製の黒のドゥミポワント」。ドゥミポワントは、練習用シューズのことらしい。自宅近くでは指定のものが入手できなさそうだったので、「repetto」へ買いに行くことに。メトロの駅から地上に出てすぐ眼前に聳えるオペラ座を見上げ、まだ息子は本物のバレエを観たことがなかったのだと思い出す。今度は家族で観にこよう。
「repetto」の重い扉を押して足を踏み入れると、バレエシューズが壁一面に並ぶ豪華な店内や、飾られたジゼルの衣装などに圧倒される。私はバレエ未経験だが、心のどこかに眠っていた少女の頃の憧れが呼び起こされ、胸が高鳴った。
無事ドゥミポワントを買った後、老舗宝飾店とホテル・リッツ・パリが囲むヴァンドーム広場を抜け、サント・ノーレ通りから、パレ・ロワイヤルへまで足を伸ばして散歩。揺れる木漏れ日が心地よい。いつ来てもこの並木道のベンチは大人気だし、人々の顔は穏やかだ。人生の幸福とはシンプルで、いつでも触れられるものなのだと感じさせてくれる。

9月某日。曇り。
幼稚園に迎えに行くと、息子が満面の笑みで駆け寄ってきて、プレゼントがあると言う。帰宅すると、ぱんぱんに膨らんだ上着のポケットから、木の実や落ち葉、小枝のひとつひとつを取り出して、これは園庭のどこで拾ったものだとか、詳しく説明してくれた。つやつやとした栗の実は、まろやかで深みのあるブラウンも、つるりとしたシルエットも美しくて、秋の宝石のようだ。一通り披露し終わると、息子の宝箱である、以前クリニャンクールの蚤の市で買ったアンティーク缶に丁寧に移し替えていた。

9月某日。曇り時々小雨。
定期装花している友人のギャラリー「Une Fille aux Cheveux Noirs」にて、〈Mame Kurogouchi〉の展覧会が行われることになり、私は空間装飾を担当した。
〈Mame Kurogouchi〉を象徴するキーワードでもある「The Curvature/La Courbure(カーブ、曲線)」がテーマ。ショーウィンドウに苔などを用いてランドスケープをつくり、店内にも、植物の有機的なシルエットや生命の息吹を感じさせるインスタレーションを制作する。私自身もブランドのファンであったので、展示されるデザイナー黒河内氏の日記や集めた陶片などを興味深く鑑賞した。日常から発想源を得ているという彼女のコレクションは私小説のようで、目の前にあるのは洋服というよりも、すこやかに編まれた詩のように見えてきて、その純粋な強度に感銘を受ける。

[今月の花]コスモス

風にそよぐコスモスの可憐な姿はいつでも、人の心を和ませてくれる。ランジス花市場の生産者スタンドでは、日本で見るよりも背の高いコスモスが出ている。また、可憐なだけではなく、どことなく野生味も感じる。花弁が八重になっている種類も出ているけれど、私個人の好みは、一重のシンプルなもの。秋色紫陽花やフェンネル、フランボワーズの葉と合わせて、風に揺れるように高さを出した。

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

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