5月某日。快晴。
ミュゲの日(すずらんの日)がやってきた。前日、息子が寝た後、夜を徹してミュゲのブーケやアレンジメントを作る。今年はサン・ポール駅近くの道端でスタンドを設営した。
思いがけないことに、友人たちが朝から集まって、一緒にすずらん売りをしてくれた。家が近い友人がベンチを持ち出してくれたり、マレ名物のストリート・フード「ファラフェル」を買って皆で食べたりと、道の真ん中でピクニック気分。
昼を過ぎると、夏のような陽射しが降り注いできた。光に包まれて、大好きな人たちが花を囲んで笑っているところを収めた写真は家族写真のようで、ミュゲの日の思い出がまたひとつ、心に刻まれた。
5月某日。晴れ。(日本)
仕事のため、10日間の一時帰国。昨秋から取り組んできた、日本のアパレルブランドANAYIとコラボレーションしたコレクションが発売となったのだ。
パリと東京でフラワースタイリングと撮影をした写真がプリントされたTシャツや、写真をもとに作られたテキスタイルが形になったものを実際に見て、感動した。私が携わったのはほんの一端ではあるのだが、熱意あふれるデザインチームの方々と長くやりとりを重ねてきて、ものづくりの難しさもやりがいも実感でき、とても貴重な経験になった。
5月某日。晴れ。(日本)
東京の実家で、息子はジブリに目覚めたらしい。特に「魔女の宅急便」を繰り返し見ている。実は、私自身も、むかし一番好きだった作品だ。空想好きな子どもだったので、ほうきで空を飛ぶことにも、13歳になったら修行に出るという魔女のしきたりにも惹かれたし、海の見える美しい色彩の街で暮らすことにも、キキ本人は嫌がっていた黒いドレスにさえも憧れていた。
あれから時を経て久しぶりに観てみると、まったく違う視点で心に刺さる場面だらけで、驚いた。特技を聞かれても答えられなかったキキの心許ない表情、空を飛べなくなってしまった焦燥感。画家志望の少女が、「自分の描いてきたものは全て誰かの真似だった」と感じて、絵筆が止まってしまったというシーン。それでも、もがき続けることでしか前に進めない、というセリフも。今までの人生で見たことのある自分自身が、確かにそこにいたのだ。
気がつけば私も、故郷から遠く離れた街に移り住み、キキのように空は飛べないけれど、花を届けている。「落ち込むこともあるけれど、わたし、この街が好きです」この映画を象徴するセリフは、自分の心の底から湧き出た言葉かのようにしっくりきて、なんだか泣けた。
5月某日。曇り。
実家の両親が最近、趣味で菜園を始めた。区画をレンタルして、季節ごとに様々な野菜を育てているそうだ。パリにいるときから、よく菜園の写真が送られてきて、楽しんでいる様子が伝わってきていた。
ちょうどそら豆が豊作だというので、息子も加わって収穫体験をした。まだ柔らかいものは成長中、固くなったものだけを採ってねと言われると、ひとつひとつ真剣な表情でさわって感触を確かめ、器用にパチンパチンとハサミで収穫していく。あっという間に袋いっぱいのそら豆が採れて、夜に味噌汁に入れて食べた。夏にはトマトが採れるらしく、次の帰国が楽しみだ。
5月某日。晴れ。
ブルターニュ通りで開催される、パリで最大規模の蚤の市。年に2回開催される、選りすぐりのブロカンターたちが集結したイベントで、見応えたっぷりだ。
素敵だなと思っても、予算が合わなかったり、タイミングが合わなかったりで、なかなか手に入れるまでには至らなかったものが多かったのだが、一日の終わりに、シルバーのカトラリーに一目惚れした。6セットで売られていて、3人家族の我が家にはちょっと多いかしらと迷ったのだが、思い切って購入。友人に話したところ、彼女も気に入って、3セットずつ半分こすることになった。そんなちいさなストーリーのおかげで、より愛着が湧く気がする。
5月某日。曇り。
フランスでは、5月最終週の日曜日が母の日だ。日本と同様、花の需要の多い日でもある。息子と一緒にブーケを配達して回っているとき、不意に、風が吹いてきた。すると彼は立ち止まり、花を風の方へと傾けた。「何してるの?」と聞くと、「花は風が好きなんだよ」と言う。風に乗って花が心地良さそうに揺れるのを、愛しそうに見つめていた。私たちの間を、初夏の匂いが通り抜けていった。
すべてのお届けを終えた帰り道。息子はしばし道端にかがみ込んでいたかと思うと、私にも花の贈り物を手渡してくれた。
[今月の花]
ばら
自宅の近くに、小さな公園がある。高級ヴィラ(集合住宅)の敷地内にある公園で、ヴィラの門が開いている時間帯は誰でも入ることができる。ヴィラの中を突っ切ると近道なので、私はほぼ毎日通っているのだが、基本的に近隣住民しかいない。ひそやかで親密で、平和な花園だ。今、園のいたるところに植えられたばらが旬を迎えている。特に枝のばらの美しさは素晴らしく、伸びやかな枝も、満開の花も、散って土に落ちている朽ちゆく花弁も、すべてが調和して胸に迫る。
守屋百合香
パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris
Photographs&Texts: Yurika Moriya