LIBRARYパリ12ヶ月雑記帖2024.08.30

パリ12ヶ月雑記帖 “août” —守屋百合香

パリと東京を行き来しながら活動するフラワースタイリストの守屋百合香さんが、小さな息子とパティシエの夫と暮らしているその日々を綴る「パリ12カ月雑記帖」。今回はパリから離れて台湾、日本で過ごした夏、そして久しぶりのパリの様子をお届けします。

8月某日。快晴。(台湾)
5年ぶりの台湾、桃園空港に降り立った。早朝便で到着して早々、台北の花市場へ直行する。
翌日から花のイベントをすることになっており、主催者のSalon flowersさんに案内してもらいながら仕入れ。東京ともパリともまったく違う花事情に驚く。東京からの輸入品も週に2度入荷されるそうなのだが、やはり台湾産の花たちが生き生きとしているように見えて気になる。珍しい花も多く目移りするが、山採れの植物のみを扱うスタンドで足が止まった。どれもかなり野生味が強く、癖のあるものばかり。どうやって使おうかと想像を巡らせ、胸が高鳴る。

8月某日。快晴。(台湾)
美しい台湾の花を贅沢に使い、数えきれないほどブーケを束ね続けた幸せな数日間が終わった。
今日からはしばし観光(主に食)を楽しもうと意気込み、一日五食の気合いでいざ出かけるが、8月の台北は予想以上に暑く、外に出れば熱気ですぐにばててしまう。かき氷や台湾茶で火照った身体を冷やし、ひいひい言いながら歩く。息子は、昔ながらのスタンドで売っているフレッシュなスイカのジュースがお気に入りになったようだ。この街で出会う人の誰もがあたたかな笑顔で迎えてくれ、その混じり気のない優しさに、言いようのない安心感が広がる。観光地から一本路地に入ると、建物全体を覆うようにして、やわらかなピンク色の花が咲いていた。

8月某日。晴れ。
日本に帰ってすぐに、義実家のある広島へ帰省。日本通のフランスの友人に、福山市に神勝寺という素晴らしい禅寺があると教えてもらい、訪れてみた。広大な境内に配された美しい日本庭園を散策するだけでも心が洗われる。小径を抜け、短い吊り橋を渡ると、眼前に突如として木材で造られた大きな舟が浮かんでいた。彫刻家・名和晃平氏ら設計のアートパビリオン、「洸庭」だ。内部ではインスタレーションを通じて瞑想体験ができ、禅と現代アートがひとつに繋がっている。
舟の下には、石の海が広がっていた。そこに浮かぶ小島のようなベンチに座って、息子と一緒に紫蘇サイダーを飲む。遠くの山々を眺めながら、「いい景色だねえ」と息子が言った。大人のような口調が可笑しい。まだ地面に届かない、息子の足がぶらぶら揺れている。この時間が永遠には続かないことに、想いを馳せる。

8月某日。晴れ。
2ヶ月ぶりにパリに戻る。もちろん冷蔵庫は空っぽだ。タイミングよく、翌朝がマルシェの立つ金曜日だったので、家族で買い出しへ向かった。旬のメロン、ミラベル、レーヌ・クロード……いかにもおいしそうな、色の濃い野菜や果物が並んでいる。近所のブーランジュリーで焼きたてのバゲットとクロワッサンを買い、家まで待ちきれずに歩きながら頬張った。マルシェで買ってきた新鮮なトマト、モッツァレラ、サラダにオリーブオイルと塩胡椒を振るだけでご馳走になる。朝ごはんを食べるときが一番、パリに帰ってきたことを実感できる瞬間かもしれないと思う。

8月某日。快晴。
ヨーロッパの夏は、家の中に籠っていてはもったいない。人生のご褒美のようなこの陽射しを、存分に享受しなくては。昼過ぎ、自転車でパリを北上し、馴染みのカフェに行って挨拶を交わす。ビュット・ショーモン公園を散歩すると、日光浴を楽しむ人々の頭上で、木立は静かに、秋色に染まってきていた。夕方になってサン・マルタン運河沿いを帰っていると、なんと運河で水浴している人たちがいた。夏の間だけ、毎週日曜日に一部が開放され、遊泳できるらしい。オリンピックの高揚がまだ残る街並みのなか、ペダルを漕いで、すいすい進む。

8月某日。晴れ。
定期装花も再開し、もうすぐバカンスも終わる。そんな焦燥感のせいか、3日前に思い立ち、ずっと行きたかったd’une îleにやってきた。
d’une îleは、パリで人気のネオビストロSeptimeのオーナーがレマラール・アン・ペルシュ地方につくったオーベルジュだ。パリから150km、車で2時間。田舎道を走り、緑のトンネルをいくつも抜けて、森の奥にたどり着いた。8ヘクタールもある敷地内には、簡素だけれど自然を満喫できるプールやサウナもある。
午後はずっと、プールサイドで寝転がり、ブルーベリーをつまんで過ごした。振り返れば8月は、台湾、広島、北海道、東京、そしてパリと、毎週違う場所にいた。ここでやっと、時計の針がぴったり合ったような気がする。
夕食前にすこし散歩をしていたら、息子が洋梨のなる木を見つけて大はしゃぎ。明日は敷地内を隅々まで探検しようと話す。

[今月の花]
オンシジューム


台湾といえば、蘭類が有名だ。とりわけ市場で息を呑んだのは、オンシジューム(しかし台湾では身近すぎて、ありふれた花という印象らしく、私が興奮しているのを不思議がられた)。
3色のオンシジュームに、ほんの少しのグラミネ(穂)と、山採れの蔓もので、繊細で美しい流れを生かすように活け、アクセントに、グアバの枝をひと枝加えて。すべて台湾の地ものを使っている。花で紡いだ異国の記憶は、目を閉じればすぐに手繰り寄せられる。

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

Text&Photograph: Yurika Moriya

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