LIBRARYパリ12ヶ月雑記帖2023.08.30

パリ12ヶ月雑記帖 “août” —守屋百合香

パリと東京を行き来しながら活動するフラワースタイリストの守屋百合香さんが、小さな息子とパティシエの夫と暮らしているその日々を綴る「パリ12カ月雑記帖」。今回は、去りゆく夏を見送るパリの様子をお届けします。

8月某日。霧雨のち曇り。
シェライユの花農家に住む友人家族がバカンスに出ている間、一週間ほど家を借りられることになった。日に何度か散歩をして、あとはただ、のんびりと過ごす。息子は、裸足になって夢中でそこらじゅう駆け回っている。
今朝は、農園のオーナー夫妻が、採れたての野菜やフルーツを分けてくれた。皿いっぱいのいちごを頬張っては、豊かさを噛み締める。
庭を歩いていたら、大木の柳のひと枝が折れて地面に落ちていた。昨晩の強い雨風のためだろう。その裂け目の、肌の白さが生々しく、どきっとする。見渡すと、地を這うようにして、倒れてなお美しい花を咲かせている植物たちの姿に心打たれた。

8月某日。晴れ時々小雨。
楽しみにしていたレストラン、Le Doyenné(ル・ドワイヨネ)でのディナー。パリから30キロほど離れた不便な地にあるにもかかわらず、今話題のレストランで、キャンセル待ちしていた席が直前に空き、滑り込むことができた。
広大な敷地内に菜園をもち、ホテルも併設されている。テラスで庭を眺めながらアペリティフタイムを楽しんでから、テーブルへ移動して食事が始まる。コースは菜園で採れた野菜が中心なのだが、旬のトマトやズッキーニなど、シンプルながらも驚くほど味が濃く鮮やかで、大満足。次は宿泊もしてみたい。

8月某日。晴れ。
毎年恒例となりつつある、夏の日帰りジヴェルニー。しかし今年は、サン・ラザール駅で切符を買うのに手間取っている間に、予定の特急列車を逃してしまった。次発は約1時間後。構内のサロン・ド・テで時間を潰した後、乗り物好きの息子と一緒にホームを発着する列車たちを見ているときに、特別な出来事が起こった。
ある乗務員の一人が歩み寄ってきて、なんと、停車中の列車の運転室へ案内してくれたのだ。運転席に息子を座らせ、実際にハンドルやボタンを触らせてくれて、記念にとレゴの列車までくれた。彼の6歳の息子も列車が大好きなのだそうで、感謝の気持ちと共に「きっとあなたのことを誇りに思っているでしょうね」と伝えたら、「多分ね」と照れていた。

8月某日。晴れ。
人生3度目のコペンハーゲン、2度目のルイジアナ近代美術館へやってきた。
大好きな街で、もし人生でもう一度移住するとしたらここがいいなあと思っている。特に、「世界一美しい美術館」と謳われるルイジアナは、以前来訪した際キッズアトリエ棟の素晴らしさも印象に残っていたので、今回、初めて息子を連れてこられて本当に良かった。アトリエでは粘土や工作、塗り絵など、様々な創作体験をできるのだが、それぞれの発想や意思を尊重する自由な空気が、親から見ていても心地よかった。庭に出ると、海の向こうにスウェーデンの地が霞んで見えた。

8月某日。快晴。
パリに戻ってきた週末。肌寒いほどの日が多い冷夏だったが、久しぶりに太陽の光をまっすぐ感じられる暑さで、サン・マルタン運河沿いに腰掛けてアイスを食べる。期間限定のアイスクリーム屋、JJ Hings(ジェージェーヒングス)で、とうもろこしとカフェオレのミックスソフトクリームなど、週替わりのユニークなフレーバーの組み合わせが癖になる店で、つい通ってしまう。それに、しっかり焼き切った自家製のコルネ(コーン)が最高なのだ。
その後は、レピュブリック広場にある、“l’R de jeux(レール・ドゥ・ジュー)”という市営の屋外遊具場へ。レゴやミニカー、ボードゲーム、ゴーカート、水遊び、トランポリンなど、子どもが一日中いても飽きないような遊び場が無料で提供されているので、ありがたい。図書館、公園、遊具場は、夏休みをパリで過ごす保護者にとって三種の神器である。

8月某日。快晴。
ビュット・ショーモン公園で、友人家族たちとピクニック。日が長く夜9時ごろまでは明るいので、昼過ぎから集まって、だらだらと飲み、食べ、喋る。バカンスが終わる前にパリの夏らしいことができて良かったと思う反面、道に咲く花や空気の匂い、街の景色の端々から、夏の気配がもう薄らいでいるのを感じる。
それでも、息子はこの短い夏に、大きな成長を遂げた。トイレにお風呂、着替えに買い物、家事まで、何でも自分だけでやりたいと言い始めた。好奇心と、挑戦する勇気を得たように見える。「大きくなったら運転手さんになりたい」と、生まれてから初めて描く「将来の夢」を口にするようにもなった。
来月から通う幼稚園からは徐々に、入学手続きや持ち物の連絡が届き始めている。彼の新しい冒険を、私も見守っていくのが楽しみだ。

【今月の花】エリンジウム

暑さに強くもちが良いので、この季節に重宝されるエリンジウム。割とメジャーな花材だが、実は、私はこれまでほとんど使ってこなかった。質感や佇まいが、あまりピンとこなかったからなのだが、今シーズンは、自分なりにエリンジウムの使い方を発見し、研究している。例えばあえて同じような球体のアリウムと合わせて、球体×球体のバランスを楽しんだり、エリンジウムとアンスリウムを合わせ、それぞれボリュームを持たせて個性的な質感を強調するのも面白い。

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

text&photos: Yurika Moriya

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