おいしいおはなし第56回『ひげのサムエルのおはなし』ねこまきだんごってなーんだ?
1902年に刊行された『ピーターラビットのおはなし』以降シリーズ全24冊には、うさぎの他にりすやあひる、ねずみにねこなど身近な動物たちが登場します。動物たちは擬人化され、いたずらっこにおしゃれさん、子どもに手を焼くお母さんに悪い奴と、そのキャラクターもさまざまです。
『ひげのサムエルのおはなし』の主人公は、ねことねずみ。表紙に描かれているのがねずみのサムエルです。おはなしの冒頭には、タビタ・トウィチットさんというお母さんねこが登場します。タビタおくさんはパンを焼く間、いたずらっこの子どもたちを押し入れに閉じ込めておこうとするのですが、いちばん問題児のトムが見当たりません。そこへ訪ねてきたいとこのリビーおばさんに、タビタおくさんはにゃあにゃあと涙ながらに「息子のトムが見当たらない」と相談するのです。《タビタ、あの子は、悪い子です》とリビーおばさんが言えば、タビタおくさんは《いうこときかずの子どもって、たいへんなものだわねえ》と嘆きます。
さて、トムはどこかというと……実はサムエルに捕まってしまっていたのです。うっかり屋根裏のサムエルのうちに入ってしまったトム。ねことねずみならばねこの勝ちではと思いきや、サムエルのおくさんのアナ・マライアがあっという間にトムを縛り上げます。そして、ねずみの夫婦はトムを「ねこまきだんご」にしようとするのです。材料を揃えるとねずみたちは《まずさいしょに、トムにバターをなすりつけ、それからねり粉でつつみました》。その様子はビアトリクス・ポターの美しいあのイラストで描かれています。料理されているトムの顔は恐怖に引きつり「助けてー!」と叫んでいるようです。
かわいいこねこがねずみに食べられそうになるなんて、あの絵からは想像できない展開かもしれません。 でも、絵の愛らしさとは裏腹なそういうシビアでブラックな部分も、実はピーターラビットのおはなしの面白さではないかと思うのです。
作者のビアトリクス・ポターは、幼い頃から動物たちをスケッチしていたそうです。31歳の時にはキノコの研究で論文を発表するものの、当時は学術の世界に女性が入り込むことが認められておらず、失意のままポターは研究から離れます。そしてその観察眼と巧みなスケッチは身の回りの生き物へと向けられ、ピーターラビットの物語が生まれました。ポターの生き物たちを愛する心があの美しい絵を生み、科学者の目線で動物たちの生きる力を描き、あるいはその鋭い観察眼で捉えた人間の性質や営みが擬人化された動物たちに投影されたのではないでしょうか。
ところで、ねこまきだんごってなんだ? といいますと、原文ではKitten Roly-Poly Pudding。ローリーポーリーというのはイギリスの伝統菓子で、生地をくるくる巻いて蒸したり焼いたりするもの。ジャムをはさめばジャム・ローリーポーリーです。ねずみの夫婦はジャムの代わりにこねこのトムを巻いてローリーポーリーをつくろうとしたわけですが、ねこまきだんごとはなんともユニークな訳語です。
さて、トムが辛くも脱出できたのでホッとして、ジャム・ローリーポーリーをつくりました。素朴な味わいで、食感はビスケットとスポンジの間、という感じ。カスタードソースをかけていただきます。
そういえば、この一件以来、トムはすっかりねずみ嫌いになったようですが、きっとローリーポーリーも苦手でしょうね。
〔材料〕
薄力粉 150g
ベーキングパウダー 小さじ1
バター 40g
砂糖 30g
牛乳 大さじ1
ラズベリージャムなど 50g
カスタードソース
牛乳 120㎖
砂糖 20g
卵黄 1個分
〔つくり方〕
- 下準備。
バターは1cm弱の角切りにし、冷蔵庫で冷やしておく。薄力粉とベーキングパウダーは合わせてふるう。 - 混ぜる。
ボウルに❶の粉類とバター、砂糖を入れて、カードで切り込みながら、バターに粉をまとわせるように混ぜる。全体に混ざったら、両手でこすり合わせるようにしてパラパラにする。牛乳を加えたら、カードでさっくりと混ぜ合わせて四角にまとめる。
大きめに用意したラップに包み、冷蔵庫で1時間ほど寝かす。その間に蒸し器を準備をする。 - 巻く。
包んでいたラップごと❷の生地を作業台に乗せて軽く平らにしてから、めん棒で20×30cmくらいの長方形に伸ばす。ラップを取り生地の表面にジャムを薄く塗り広げ、ごくごくゆるく巻く。巻いた生地は大きめにカットしたアルミホイルで包む。両側は少し余裕を持たせてきゅっとひねっておく。 - 蒸す。
蒸気が上がる蒸し器に❸を入れて40分ほど蒸す。お湯がなくならないよう、蒸し器を確認して時々水を足すこと。蒸し上がったら網などに出してゆっくり冷ます。 - ソースを作る。
ボウルに砂糖と卵黄を入れて泡立て器でよくすり混ぜる。牛乳は小鍋で沸騰直前まで温め、ボウルに少しずつ加えながらよく混ぜる。
全部混ざったら目の細かいザルなどで漉しながら小鍋にもどす。小鍋をごく弱火にかけ、木べらで混ぜる。
とろりとしたら保存容器などにうつして、冷蔵庫で冷やす。
❹を2cmほどの厚さに切り、カスタードソースを添えて召し上がれ。
子どもの文学のなかに登場する(あるいは登場しそうな)おいしそうな食べ物を、読んで作って紹介している連載「おいしいおはなし」。第40回までの連載をまとめた単行本『おいしいおはなし』(グラフィック社)は、全国書店または各オンライン書店にて発売中。
文と料理:本とごちそう研究室(川瀬佐千子・やまさききよえ)
写真:加藤新作
スタイリング:荻野玲子