おいしいおはなし 第35回『精霊の守り人』逃亡旅の始まりに元気をくれた白身魚のお弁当
「おいしいものが出てくる物語といえば?」という質問に、本好きの男子中学生がくれた答えは『精霊の守り人』でした。曰く「この1作目だけでなく、シリーズのどこを読んでもおいしそうなものが出てくるよ」。
この物語の舞台は、古代アジアを思わせる架空の世界。主人公のバルサはつらい過去を背負ったフリーランスの女用心棒。王家の第二皇子チャグムは、ある理由からその命を狙われることになり、バルサに守られながらの逃亡生活が始まります。自分の力ではどうにもできない運命に翻弄され、怒りと悲しみの交ざり合った言いようのない感情に苦しむ皇子の姿は、同じように運命に翻弄されて流浪せざるを得なかった幼いバルサの姿に重なります。これは、そんなふたりの生きるための旅の物語です。
そんなストーリーが魅力的なのはもちろん、このファンタジー小説が、子どもにも、大人にも愛されているのは、おはなしの中の時代背景や自然環境、伝説や異界と人との関わり方、人々の暮らしぶりなど、あらゆる設定が細部まで描かれ、架空の世界にリアルな存在感が感じられるからではないでしょうか。
中でも、すすめてくれた少年の言うとおり、食にまつわる描写は読む人のお腹をグーと鳴らす力を持っています。たとえば、薬草師でバルサの幼馴染であるタンダが得意の山菜鍋をつくっているシーンでは、材料のキノコについて〈こいつはいい味がでるんだが、あんまり煮えすぎると、苦味がでるからな。火からおろす直前にいれるのがコツだ〉(113頁)というタンダの言葉に、この料理がどんな味なのか、想像力が刺激されます。もちろん、料理そのものの描写も素晴らしく、目の前に料理の姿が浮かんできて、そのおいしい匂いがページから漂ってくるようです。たとえば、チャグムが宮廷から庶民の生活の中に逃げ込み、最初に食べた食事。
白木のうす板をまげてつくられている弁当箱のふたをとると、いいにおいがたちのぼった。米と麦を半はんにまぜた炊きたての飯に、このあたりでゴシャとよぶ白身魚に、あまからいタレをぬってこうばしく焼いた物がのっかり、ちょっとピリッとする香辛料をかけてある。(65~66頁)
はあ、おいしそう! 読みながら五感がくすぐられます。すべてが架空のもののはずなのに、そこには確かに匂いがあり、味があり、色があり、音があり、読んでいる間はその世界に触れることができるような気がします。
どうにもよだれが止まらないので、山椒を効かせた甘辛いたれを「ゴシャ」の代わりにサワラに絡めて麦ご飯にのっけたお弁当をつくりました。「ふたりの食べていたお弁当はきっとこんな感じ!」と確信しながら味わっていると、この料理がここにあるように、物語の世界も精霊の住む異界ごとどこかにあるはず……そんな思いが湧き上がってくるのです。
〔材料〕
(1人分)
サワラ(切り身) ひと切れ
長ねぎ 1/2本
塩 少々
片栗粉 小さじ1
ごま油 小さじ1
みりん 大さじ1
しょうゆ 大さじ1
実山椒(塩漬け) 10粒
押し麦入りごはん 適量
〔つくり方〕
- サワラは食べやすい大きさに切って塩をふり、5分ほど置く。水気を軽くふき、片栗粉を薄くまぶす。長ねぎは4㎝長さに切る。
- フライパンにごま油を入れて中火で温める。サワラを入れ、長ねぎも加え、蓋をする。途中で一度裏返し、焼き目をつけながら7~8分ほど蒸し焼きにする。
- 弱火にして実山椒、みりん、しょうゆを加える。フライパンを揺らして、たれを魚とねぎに絡めながら煮詰める。
- 弁当箱に押し麦入りごはんをふわっと詰め、❸をたれごとのせる。
魚はサワラのほか、スズキ、太刀魚など、脂が少しのった白身魚がおすすめ。ごはんがすすみます。実山椒がなければ、焼き上がったあとに粉山椒をふってもよいです。
文と料理:本とごちそう研究室(川瀬佐千子・やまさききよえ)
写真:加藤新作
スタイリング:荻野玲子