続・ははとハハの往復書簡 – 長島有里枝/山野・アンダーソン・陽子

MilK JAPON WEBで2018年に連載をしていた写真家・長島有里枝さんとスウェーデン在住のガラス作家・山野・アンダーソン・陽子さんの往復書簡。時間が経ち、世の中の状況も2人の関係も変わった今、またやりとりを拝見したい、とおふたりに手紙を書いていただくことになりました。その様子を短期連載として数ヶ月間、お届けします。母親として、ひとりの女性として、クリエイターとして、それぞれの“あり方”をもつ2人。その言葉から、私たちの生き方のヒントもみつかるかもしれません。
前回の手紙はこちらから

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第3回「実ができなくなった木は、価値がないのか?」
(長島有里枝→山野・アンダーソン・陽子)

陽子さま

こんばんは。久しぶりのお返事、ドキドキしながら嬉しく読みました。

ライラックが満開しているところなんて日本では見たことなくて、どんな感じなのか想像してみました。でも、ライラックの花を思い出そうとするといつも、なぜか金木犀が思い浮かびます。咲く時期も、花の色もほとんど正反対だけど、小さい花の形が似ているよね。
陽子が送ってくれる写真にうつっている、スウェーデンの風景に立って深呼吸する自分も想像しようとしたけれどうまくいきません。
一度そっちに行って経験すれば、思い出すのは簡単そうです。

旅ができないって、結構なフラストレーションだよね。旅に出られないことそのものより、「旅する自由がない」ってことのほうがきついかもね。仕事で地方に出かけてもやっぱり感染が気になって、前みたいに無邪気には楽しめないの。でもそれ、単にCovid-19の問題だけじゃないのかもしれないな。どこへ行くにしろ、20歳の時みたいな旅行はもうできないんだろうな、と思ったりもするし。

スウェーデンへ行けることになったら、マルメに住む友達のところにも寄りたいし、19歳のときロンドンのドミトリーで仲良くなったウプサラ出身の女の子3人を探し出して、彼女たちのことも訪ねたい。見つける方法あるかなぁ? 

それからコペンハーゲンにいる元彼、ヘルシンキとハンブルグに住む友達にも久々に会いたい。いっそ、パリとシェフィールドの友人のところへも行っちゃおうか……ってどんどん会いたい人が増え、一年ぐらいはヨーロッパを拠点に暮らせたらいいなぁ、なんて考え始める自分がいます。どんだけ日本を離れたいんだ(笑)! 人生最後のチャンスになるかもしれないし、Covid-19が収まったら仕事を調整して、そうしてみるのもいいかもね。

ところで、陽子の家の窓から見えたはずの白樺が切られてしまっていた、という話。残念な気持ちで読みました。そして、木のことって本当に難しい問題だなぁと思った。うちの庭にも、前の家主が残していった木がたくさんあって、ここに引越ししてきたとき何本か切ったから。どの木を残して、どの木を切るのかっていう選択は、その庭を毎日眺めて暮らす自分と家族の心の問題と直結している気がする。

我が家はいわゆる住宅密集地にあります。ほら、東京近郊って、隣の家の外壁とほとんど隙間なく家が建っていたりするくせに、2階部分にはちょうど向かい合う場所に大きな窓がついていたりするでしょう、あんな感じの場所。お隣さんとは、向き合った窓ごしに握手だってできそうな近さなんだ。この季節はどこの家も窓を開け放して生活するから、お互いの家庭環境も把握できそうなほど、隣人の会話が聞こえます。そんなご近所さんの話によると、この家の前の家主はなかなか難しい人だったらしく、隣近所からの目隠しのため、たくさん木を植えたみたい。

家は坂道に面していて、この界隈の住人以外は通らないにしても、通行人が見下ろせば庭は丸見えです。その対策か、当初は目隠しらしき糸杉が3本、坂のガードレールに寄り添うように植わっていました。コンクリートの壁ギリギリに、1mに満たない間隔で並ぶ彼らの佇まいは悲しげで、しばらくそっちを見ないように生活してずいぶん悩んだ挙句、糸杉は抜いてもらいました。それと、玄関の前に植っていた桜の木も。幹の一番太い部分がわたしの足首ぐらいしかない、傾いた小さな桜で、これも目隠しだったのか、そうとう手狭な場所に佇んでいました。桜は広い場所に移植したいと庭師に相談したけれどお勧めできないと言われて、最初の春が来る前に切ってもらいました。幹の一部は、小さめに切ってとってあります。

残ったのは小柚子の木、柿、ハクモクレン、松、さざんか、キウイの雄株と雌株。でもこれ全部、猫の額みたいな大きさの庭に植わってるんだ。まだ多すぎるし、庭にも木にもいい感じはしなくて、いまだに大きな悩みのひとつです。ここ数年、柿の実は青いうちに全部落ちてしまうし、キウイも今年は実が1つです。先週また庭の手入れをしてもらったんだけれど、キウイは他にもいくつか問題点があるので、冬になったら薔薇に植え替えることになりそうです。

実が収穫できないから木を切るっていうのはちょっとね。だって、わたしにも更年期は近づいてるし、そのあとの自分に価値がないなんて思わないから。柿は青々とした葉を伸ばしきって、実をつけ始めたところ。庭の半分を日陰で覆ってくれています。おかげで、キッチンがある一階部分はまだエアコンいらずだよ。掃き出し窓から見える低い枝には、小さな青い実がたくさんついてます。写真、送るね。

陽子の庭には、他にどんな植物が生えていますか。庭仕事をしたり、自分で作った容器に庭の花を活けたりはしないのかな、とふと思いました。スウェーデンの人はそもそも、庭を大事に手入れしたりするのかしら。それよりは、ワイルドネイチャーのなかで過ごす時間を大事にしているイメージがあります。スウェーデン人の自然との付き合い方、教えてください。

それでは、また。

有里枝

次回更新は7/21(水)の予定です。ガラス作家の山野・アンダーソン・陽子さんからのお返事です。

長島有里枝/YURIE NAGASHIMA

1973年東京生まれ。1993年、武蔵野美術大学在学中に「アーバーナート#2」展でパルコ賞を受賞し、デビュー。1999年カリフォルニア芸術大学ファインアート科写真専攻修士課程修了。第26回木村伊兵衛写真賞『背中の記憶』(講談社)で第26回講談社エッセイ賞第36回写真の町東川賞国内作家賞を受賞。子育て中に武蔵大学人文科学研究科博士前期課程へ入学、2015年に同課程修了。ジェンダー・アイデンティティや他者との関係性、女性のライフコースに焦点を当てた写真やインスタレーション作品、文章を発表している。近著に『「僕ら」の「女の子写真」からわたしたちのガーリーフォトへ』(大福書林)、『Self-Poretlaits』(DASHWOOD BOOKS)がある。

Text&Photo:Yurie Nagashima
Edit:Kana Umehara