『コーダ あいのうた』(2022年1月21日公開)その歌声を感じた時、聞こえない家族は彼女の夢を理解する
アメリカの東海岸、マサチューセッツの海沿いの街。ここで暮らす高校生のルビーの家族は、両親と兄が聾唖者で、彼女だけが健聴者。父と兄が営む漁業を手伝い、他の家族のメンバーたちと世間の“通訳”を果たし、普通の高校生よりもずっと忙しい日々を送っています。ルビーは実は音楽が大好き。密かに思いを寄せるマイルズが合唱クラブに入ったのをきっかけに、彼女は歌うことに目覚めていきます。
映画のタイトルになっている「CODA」とは楽曲における終結部を表す音楽用語ですが、聴覚に障がいのある両親のいる子どもたち(Children Of Deaf Adults)を指す言葉でもあります。合唱部の顧問に歌の才能を認められたルビーは音楽院を受験するように勧められますが、彼女にとって音楽の道を行くことは、他の家族が触れられない、自分だけの世界を持つこと。また、難しい環境で漁業を続けようとする家族にとって、仕事上での様々な場面にルビーの存在は不可欠です。自分だけの時間を持つ余裕がないという事情を教師に分かってもらえず、ルビーは戸惑います。家族のケアが生活の全てになってしまう、そんな子どもたちの問題も浮かび上がってきます。
『コーダ あいのうた』では、主人公の家族を演じる俳優たちは、『愛は静けさの中に』で有名なマーリー・マトリンをはじめ、みんな耳の聞こえない俳優たち。言葉はほとんど発しないのに、手話や豊かなボディ・ランゲージ、その表情から家族同士のおしゃべりが聞こえてくるかのようです。全身で愛情をぶつけ合う彼らの姿には胸が熱くなります。とりわけ、ルビーの父フランクを演じるトロイ・コッツァーは名演技。娘の出演するコンサートに行った彼には、当然、彼女の歌う声は聞こえません。しかし、ルビーの歌う曲に聞き入る観客たちの感情のうねりを感じ取って、父親は娘にとって音楽が何を意味するかを理解するのです。
どんなに困難な状況でも互いを理解し、思いやり、最大限の努力をする。言葉を超えて、家族の愛の本質が伝わってくる作品です。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『オリーブ少女ライフ』(河出書房新社)、共著に『ヤングアダルトU.S.A.』(DUブックス)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)等。
Text: Madoka Yamasaki
Illustration: Naoki Ando