家族のカタチが多様になってきた近年、家族で楽しむファミリー映画もファミリーを描く家族映画も、いろいろで面白い。そんな“新しいファミリー映画”を、コラムニストの山崎まどかさんがピックアップしてご紹介します。
息子の死と向き合う妻と夫の物語『ハムネット』(4月10日公開)
ウィリアム・シェイクスピアには妻との間に3人の子どもがいました。そのうちの1人で、双子の片割れである長男のハムネットは11歳の時に病死しています。16世紀の英国では、ペストなどの伝染病で命を落とす子どもも少なくありませんでした。
ハムネットという名前は当時ハムレットと同じ名前だとされていたため、長男ハムネットの死があのシェイクスピアの代表的な悲劇に大きな影響を与えたとの仮説に基づいて描かれたのが、本作『ハムネット』です。
この作品には、あまり語られたことのない、子を持つ親としてのウィリアム・シェイクスピアが出てきます。ハムネットが亡くなった当時、彼は家族をストラトフォード=アポン=エイヴォンに残して、ロンドンで劇作家として活動していました。家庭を支えていたのは、ジェシー・バックリーの演じる妻、アグネスです。残っているわずかな資料から“悪妻”とも評されることが多い人物ですが、この映画のアグネスは自由で野性的な女性。鷹を馴らし、森で薬草を摘む彼女はどこか魔女めいたところもあります。
そんな自然に近い女性にとって、わが子の死はどんな意味を持つのか。出産の時に双子の娘の方、ジュディスを死産しかけたアグネスは、ハムネットの死に宿命的なものを感じていました。運命によってわが子を奪われたと信じるアグネスの悲しみは深く、その怒りの矛先は家庭にいなかった夫ウィリアムに向かいます。
ここにあるのは、誰にでも起こりうる悲劇です。それを夫婦として、家族としてどう乗り越えていくのか。ウィリアムは劇作家であり、彼は彼の方法で悲しみを昇華していくしかありません。
舞台「ハムレット」で夫の仕事に初めて触れたアグネスの反応は感動的です。彼女は舞台の上に、大 人になることがなかったわが子を見ます。実はハムネット役のジャコビ・ジュープと、舞台でハムレットを演じるノア・ジュープは実の兄弟。面差しがよく似ています。
ウィリアムは自分が立ち会うことのなかった息子の死に舞台で直面し、アグネスは芸術によって個人的な悲劇が癒やされることを知ります。アグネスの気持ちに他の観客が感電したかのように、劇場内にシンパシーの波が広がる場面は感動的です。
子どもたちや家族の物語はどうして必要なのか。その意味が見えてくるような美しいラストです。
『ハムネット』
監督:クロエ・ジャオ
出演:ジェシー・バックリー、ポール・メスカル、エミリー・ワトソン、ジョー・アルウィン
4月10日(金)より公開
hamnet-movie.jp
©2025 FOCUS FEATURES LLC.