苦難を乗り越え家も人生も自ら建て直す女性の物語『サンドラの小さな家』(2020年)
アイルランドを舞台にした『サンドラの小さな家』(2020年)は、シングル・マザーが自分の拠点を見つけるまでを描く映画です。主人公のサンドラは夫から恐ろしいDVを受け、二人の娘の親権を取って彼と離婚しますが、幼い子どもを抱えた彼女にとって生活は苦難の連続です。個人宅の清掃人とパブのウェイトレスのダブル・ワークをもってしても充分な生活費を得られず、国からの補助をもらってどうにかやってきましたが、ホテルに仮住まいの日々で、公営住宅の居住権の順番はいつまで経ってもまわってきません。貧しい親子がモーテルや安ホテルで暮らさざるを得なくなり、その宿泊費のために貯金が出来ずに、そこから抜け出せなくなる。『フロリダ・プロジェクト』(2017年)でも描かれた、シングル・マザーの貧困は現在、切実な問題となっています。
ある日、娘たちがレゴで家を作るのを見たサンドラは、インターネットを調べてセルフメイドで自分の家を建てる方法を見つけます。更地さえあれば、これならば自分も娘たちと暮らす邸宅が持てるのではないか。やがて彼女に手を貸す人々が現れます。自分の裏庭を敷地に提供してくれた雇い主。渋々ながら技術面をサポートし、現場監督の役を買ってくれた建築業者の親子。アルバイトで一緒になった若者たち。同じ学校に子どもを通わせる母親。シングル・マザーをサポートする人たちが小さなコミュニティを作り、その中で彼らも癒され、希望を見出していくのです。サンドラの家の建築シーンは喜びに満ちています。サンドラもまた、自分が孤独でないことを知ります。
ささやかだけど、それはサンドラにとって夢の家。そこで子供たちと家庭を築いていくのは、彼女の悲願です。しかし、この家は単なる願望の象徴ではなく、サンドラの人生そのものなのだということが分かってきます。壊れてしまったと思っても、何度も立て直すことが出来る。サンドラにとっては、自分の子どもたちがいる場所こそが“家”。そこが彼女の人生の礎なのです。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『オリーブ少女ライフ』(河出書房新社)、共著に『ヤングアダルトU.S.A.』(DUブックス)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)等。
text: Madoka Yamasaki
illustration: Naoki Ando