LIBRARY新しいファミリー映画2025.10.10

新しいファミリー映画 Vol.39 — 山崎まどか

家族のカタチが多様になってきた近年、家族で楽しむファミリー映画もファミリーを描く家族映画も、いろいろで面白い。そんな“新しいファミリー映画”を、コラムニストの山崎まどかさんがピックアップしてご紹介します。

不器用な青春、鮮やかな人生讃歌『ホーリー・カウ』(10月10日公開)

フランスのジュラ地方はコンテチーズの名産地。18歳の主人公トトンヌの父親もチーズ職人です。トトンヌは家業に何の興味もありません。友だちとお酒を飲んで馬鹿騒ぎをして、女の子をめぐって喧嘩をする、そんなお気楽な日々です。ところが、父親が事故で急死。彼にはたった一人の家族である7歳の小さな妹が残されました。

父の仕事を手伝ってこなかった彼は、チーズ工房を続けることができません。トトンヌは父の仕事道具の一切を売り、近くのチーズ工場に働きに出ます。職場では前に喧嘩をふっかけた相手にいじめられ、うだつの上がらない日々。妹の世話もおぼつかない。彼女さえいなければ、彼は村を逃げ出して、どこにでも行けるのです。

ある日、彼はコンテチーズのコンテストの入賞者に大金が出ることを知ります。トトンヌの思考は短絡的です。彼は牧場を営むマリー=リーズを誘惑し、騙して生乳を入手します。そして自宅に残っていた大鍋を使い、仲間と見よう見まねでチーズを作ろうとするのです。当然、思っていたようにはいきません。彼らはチーズを作るのにレンネット(凝乳酵素)が必要なことさえ知らないのです。それでもYouTubeの動画で作り方を学んで、遊び友だち以外の誰の力も借りずに、意固地に自分のやり方を通そうとする。他の仲間を失ってもチーズ作りを続けるトトンヌと妹を見ていると「火垂るの墓」の兄と妹を思い出します。無鉄砲な兄を信じる妹の眼差しが健気で、ホロリとさせられます。

映画の舞台となったジュラ地方の村は、監督ルイーズ・クルヴォワジエの故郷。キャストとして採用された人々はみんな地元に暮らす一般人だという話です。そのせいか、とてもリアルな手触りがします。

トトンヌは失敗を繰り返し、他人を傷つけ、自分を追いつめながら、じれったいくらいの速度で成長していきます。自立して生きるマリー=リーズに対しても、本物の恋心を抱くようになります。そうして、責任感のなかった若者に、ようやく妹を守って生きていく覚悟が芽生えていくのです。

チーズが熟成して、その真価を発揮するまでには時 間がかかります。若者も同じです。本当の大人になるまでの長い道のりを、トトンヌは妹の手を取って、ゆっくりと歩んでいくのでしょう。

『ホーリー・カウ』
監督:ルイーズ・クルヴォワジエ
出演:クレマン・ファヴォー 、ルナ・ガレ、マティス・ベルナール、ディミトリ・ボードリ、マイウェン・バルテレミ
10月10日(金)よりヒューマントラストシネマ有楽町、シネマカリテ、ヒューマントラストシネマ渋谷、シネ・リーブル池袋ほか全国順次公開
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コラムニスト
山崎まどか

15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』『ノーマル・ピープル』(共にサリー・ルーニー著/早川書房)等。

Text: Madoka Yamasaki
Illustration: Naoki Ando

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