『僕らの世界が交わるまで』(2022年)すれ違う母と息子が互いを改めて見つめるとき
俳優として有名なジェシー・アイゼンバーグが監督/脚本を務めたこの作品では、実に今時らしい親子の事情が描かれています。ジュリアン・ムーア演じるエヴリンは、DV被害者の女性とその子供を対象としたシェルターを運営する女性。彼女の十代の息子であるジギー(フィン・ウォルフハード)は、インターネットで世界にそれなりの数のファンを持つミュージシャン。自宅から自作曲の演奏を配信して、ファンからいわゆる「投げ銭」のシステムでお金を貰ってお小遣いにしています。
母親も、息子も、お互いのやっていることには無関心。しかし、ジギーは高校で気になる女の子が政治的なことを友人たちと話し合う様を見て、自分も社会問題や政治について知る「意識の高い」人間になりたいと思うように。一方のエヴリンは、夫の暴力から逃れてきた女性の息子であるカイルの優しさを見て、彼に理想の息子の姿を見ます。
一見相容れないようで、エヴリンとジギーはよく似ています。二人とも優しい心はあるけれど、独善的で、周囲がよく見えていません。エヴリンはカイルのために勝手に大学入試について調べて彼に自分が望む未来を押しつけ、ジギーは付け焼き刃の知識や生半可な態度で女の子の気を惹こうとします。
失敗を重ねて二人はようやく、自分の一番身近な人間に目を向けていなかったと悟るのです。幼い頃はエヴリンについて行って抗議運動やデモに参加していたというジギーは、改めて母親の活動に目を向け、エヴリンは初めて息子が自作曲を披露している姿をインターネットで見て……。
映画の原題の直訳は「世界を救うのが終わったら(When you finish saving the world)」。社会的な問題についてアンテナを張って、不平等や不正に対して怒る人が、家族との問題に向き合おうとしていない。よくある話と言えるのではないでしょうか。すれ違う親子の姿から、アイゼンバーグの風刺の精神が伺えます。それでも親子が断絶するのではなく、もう一度お互いにつながる道を模索する姿に、希望があります。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』『ノーマル・ピープル』(共にサリー・ルーニー著/早川書房)等。
Text: Madoka Yamasaki
Illustration: Naoki Ando