『アルマゲドン・タイム ある日々の肖像』(2022年)不条理な世の中に生きる子どもと家族の葛藤
自分の子ども時代を振り返り、両親や他の家族がどういう人間だったか見つめ直してみる。コロナ禍の長い隔離期間は、物語を作る人たちに内省を促しました。重厚な作風で知られるジェームズ・グレイ監督もその一人です。
グレイ監督が自分の子ども時代を基に作り上げた物語の舞台は1980年代のニューヨーク。ロナルド・レーガンが大統領選に出馬した時期で、分断の時代がやって来る気配が既に曇り空のように広がっています。
主人公のポール少年はウクライナ系ユダヤ人の移民三世。異国から渡ってきた祖父母が苦労して、ポールの父母の代に中産階級まで社会的な階層を上げてきたという背景があります。マンハッタン郊外のクイーンズに一軒家を持ち、電気工の父親と専業主婦の母を持つポールは、祖父母や両親の代よりもさらに成功することを望まれているのです。
そのプレッシャーを感じているのか、ポールは家族に反抗的です。母親に思うところがあり、私立校に通っている兄と違って彼は地元の公立校に通っています。そこで彼が心を通わせたのは、留年している年上の黒人少年で、アウトロー的な雰囲気を漂わせているジョニーでした。
ポールはジョニーとともに事件を起こし、それをきっかけにして二人の間には溝ができます。二人の少年の未来が大きく隔たっていくことを暗示するラストはあまりにも切ないものでした。
ポールとアンソニー・ホプキンス演じる祖父との交流が印象的です。ウクライナの村で起きたコサック兵によるユダヤ人虐殺について語った時、祖父は孫に何を伝えたかったのでしょうか。人種差別的な側面もあるエリート校に転入したポールに、祖父は「高潔な人間でいなさい」と訴えます。息子たちに多大な希望をかける母親、時に子どもたちに暴力を振るう父親の抱える弱さ。それぞれが必死に生きて、子どもたちの幸せを望んでいるのに、なかなか上手くいかない。そんな家族の姿を通して、変わりゆくアメリカが見えてきます。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』『ノーマル・ピープル』(共にサリー・ルーニー著/早川書房)等。
Text: Madoka Yamasaki
Illustration: Naoki Ando