『ジェーンとシャルロット』(8月4日公開)娘シャルロット・ゲンズブールが知りたかった母ジェーン・バーキンという人
伝説的なミュージシャンで映画監督、セルジュ・ゲンズブール。ジェーン・バーキンとシャルロット・ゲンズブールの母娘の間には、常にこの人の存在があります。バーキンには作曲家ジョン・バリーとの間に長女ケイトがいて、セルジュの後にパートナーとなった映画監督ジャック・ドワイヨンとの間に三女のルーがいる。それだけでも複雑です。更に十代でシャルロットが女優として脚光を浴び、早くから自立して暮らしていたという事情もあって、この二人は母娘として親密な関係を築ける時間がありませんでした。
シャルロットは監督デビュー作の題材として母ジェーン・バーキンを選んだのは「母と時間を過ごしたかったから」だと言っています。ドキュメンタリーの最初は2018年の日本。旅館で初めて膝を突き合わせて話す場面で、娘シャルロットがノートに書き込んできた質問事項を見て、母ジェーンは怯んだと言います。まだ彼女が幼い頃に家を出ていったことや、過去の出来事について責められるのではないかと考えたそうです。
でも、戸惑う母に対して娘シャルロットの視線はどこまで優しい。シャルロットの住むニューヨークや、ジェーンの家があるブルターニュ。二人でジェーンのキャリアや人生について語り合い、母娘の間のわだかまりが解けていく様子を私たちは目撃します。この二人はフランスの映画界/音楽界を代表する存在として日本でも常に人気がありましたが、観客の側も彼女たちのことをあまりに偶像化しすぎていたところがあります。二人はセルジュ・ゲンズブールの“作品”ではなく、当たり前の女性で家族なのです。
かつてセルジュとジェーンが住んだパリのアパートメントを母娘が訪れるシーンは、映画のハイライトです。ここで家族として過ごした時間を思い出し、過去を肯定して前に進もうとする二人の気持ちが伝わってきます。
ジェーン・バーキンは今年の7月16日に亡くなりました。もしかしたら、シャルロットは残された二人の日々が長くないことを知っていたのかもしれません。映画のラスト、「母にしがみつきたい」というナレーションと共にジェーンを抱き寄せるシャルロットの後ろ姿が忘れられません。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』『ノーマル・ピープル』(共にサリー・ルーニー著/早川書房)等。