『aftersun /アフターサン』(5月26日公開)20年後にたどる、父と過ごした夏休みの記憶
まるで誰かの家のホームビデオを見たかのような、あるいは幼い日の自分の記憶がそのまま映しだされているかのような気持ちになる。『aftersun/アフターサン』はそんな不思議な映画です。シャーロット・ウェルズ監督が父親と二人で過ごした夏休みの思い出を基にしているという話です。
主人公のソフィは11歳。普段は離れて暮らしている父親のカラムと夏休みを過ごしに、トルコのリゾート地にやって来ます。贅沢な旅のような印象がありますが、現地で観光をする機会もほとんどなく、プールなどのホテル内の施設で子どもを遊ばせて済ます、安手のバカンスだということが分かってきます。それでも若くして父親になり、仕事でもつまずいているカラムにとっては、ソフィのために用意した精一杯の夏休みです。ソフィは彼に甘え、二人で遊び、豪華とは言えないホテル内でのバカンスを満喫します。
眩しくて懐かしい思い出を投影している はずなのに、悲しみの影があらゆる場面に漂っているのが印象的です。はしゃぐ娘の横にいるカラムがふと見せる表情。夜、ホテルを抜け出てさまよい歩き海に入っていく姿や、濡れたタオルを顔に押し付けるなどの衝動的な行動から、彼の青年としての孤独や苦悩が浮かび上がってきます。
この時のカラムは31歳。映画は彼と同い年になった娘のソフィが、ホームビデオを見て父に想いを馳せるという構成になっています。あの時は分からなかった父親の真実の姿。ウェルズ監督は映画にすることによって、思い出の根底にあるものをすくいだそうとしています。成長した子どもが記憶の中にある親を振り返る時に、見えてくる家族の姿があるのでしょう。父の悲哀だけではなく、彼のやさしさ、娘に対する愛情、人懐っこい魅力も伝わってきて胸を締めつけます。ソフィの手を取ってダンスするカラムや、プールに潜って互いを見て微笑み合う様子。親子を演じるポール・メスカルとフランキー・コリオの親密さが素晴らしい。だからこそラストシーンで、観客である私たちもまた、大事なものを失ったのだという気持ちになってしまうのです。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』『ノーマル・ピープル』(共にサリー・ルーニー著/早川書房)等。
text: Madoka Yamasaki
illustration: Naoki Ando