『ザ・ホエール』(4/7公開)悲しみの日々の中、彼が最後まで信じたかったこと
2000年代初めはアクション・コメディの映画でスターだったブレンダン・フレイザーが、巨体の男性を演じて話題となった映画「ザ・ホエール」。フレイザーに初のアカデミー主演男優賞をもたらしました。
フレイザー演じるチャーリーは40代の教師。今や部屋の中を移動するのも歩行器なしでは困難な身体で、アパートから出ることもなく、大学のオンライン講座で授業を受け持って細々と暮らしています。彼がそこまで太ってしまったのには理由がありました。同性のパートナーだったアランを失い、悲しみに耐えきれず、彼を救えなかった自分を責めるように過食を繰り返してきたのです。チャーリーを思い遣ってくれる相手は、アランの妹に当たるリズだけ。看護師である彼女はどうにかチャーリーを助けようとしますが、彼の身体はもはや危険な状態で、余命いくばくもないことが判明します。
命が尽きる前に、チャーリーにはどうしても修復したい関係がありました。アランと一緒になるために妻子を残して家を出た彼は、幼かった娘のエリーのことをずっと気にしてきたのです。エリーは難しいティーンエイジャーに育っていました。今も自分を捨てていった父親に対する怒りが収まらず、彼を寄せ付けようとしません。チャーリーは自分が彼女に唯一してあげられることとして、高校を落第しそうな彼女の作文を手伝う決心をします。
悲しみや憎しみにとらわれて、絆を失ってしまう家族は決して少なくありません。チャーリーにとっては恋人の妹であるリズも家族のはずなのに、彼はもう彼女の愛にも応えられない。そんな彼が、どうにかして娘とつながろうとする姿は痛々しく、胸に迫るものがあります。警戒心と憎悪でいっぱいのエリーの心は、ちょっとやそっとのことでは変わらない。分かりやすい和解はここにはありません。それでもエリーは彼女なりの方法で、父親の謝罪と誠意に応えようとします。悲しみに凝り固まって鯨のようになってしまった男が娘の気持ちに触れて、絶望からゆっくりと浮上していく姿には救いがあります。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』『ノーマル・ピープル』(共にサリー・ルーニー著/早川書房)等。
text: Madoka Yamasaki
illustration: Naoki Ando