『エイブのキッチンストーリー』食卓を囲んで絆を探す三世代家族の物語
ファミリー映画といえば“大人から子供まで家族みんなが楽しめる、健全な娯楽作”のことですが、今は受け手となる家族の形もさまざまです。その現実を反映して、ファミリー映画も、そして“ファミリー”を描く家族映画も、より多様で面白いものになってきています。この連載では、そんな新しい映画の中の家族を取り上げていきたいと思っています。
それがどんな国でも、三世代の家族が揃って食卓を囲む図は心が温まるものです。でも『エイブのキッチン・ストーリー』(2019年)の主人公、料理が好きな12歳のエイブの家庭環境はちょっと複雑です。父方の祖父母がパレスチナ出身のアラブ人で、母方がイスラエルから移民してきたユダヤ人。エイブの父母は子供のために自分たちは無宗教であることを選びますが、双方の祖父母はそうではありません。行事で集まるたびにパレスチナ問題が家族のテーブルに浮上し、戦争状態になります。1948年に世界に離散していたユダヤ人が中東の地にイスラエルを建国し、その土地に暮らしていた70万人のパレスチナ人が難民として追われる身となってから、両者の戦いは現在まで止むことなく続いていますが、エイブの家の食卓で行われていることもまさしく同じ。
エイブにとっては、両者とも大事なおじいちゃんとおばあちゃん。彼はそれぞれの文化や宗教の風習を学び、自分が和平大使になろうと決意します。調べて分かったのは、ファラフェル(豆のコロッケ)ひとつとっても、二つの国のレシピが微妙に違うこと。でも二つを融合させたフュージョン料理なら、みんなが幸せになれる感謝祭のディナーができるかもしれない。彼はブラジルのバイーアから移民してきたシェフのチコに弟子入りして、夢のメニューの実現に向かって料理に励みます。
チコやエイブが作る、様々な国の料理を融合させた料理はどれもおいしそう。かわいらしい映画ですが、根底にある問題は複雑でシリアスです。でもエイブの家族たちが食卓を囲み、絆を探っていくプロセスには胸を打たれます。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『オリーブ少女ライフ』(河出書房新社)、共著に『ヤングアダルトU.S.A.』(DUブックス)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)等。
text: Madoka Yamasaki
illustration: Naoki Ando