A Sense of Wonder 扉の開け方「算数と出会う時」

——子どもの世界は、驚きや不思議にあふれています。日々、子どもたちはそれらの扉をひとつひとつ開け、自分なりの解を得ながら成長していきます。その扉を子どもはどうやって見つけ、また開けるのか? その時、大人はどう寄り添う? 今回は子どもと算数の出会いのこと。数学者の谷口隆さんは、子どもと目線の高さを合わせると見えてくる数や算数の世界を一緒に楽しんでほしいと言います——

算数との出会いは世界を捉える新しい方法に触れること

おもちゃとの出会い方が子どもによってさまざまであるように、大切な人との出会い方が人によってさまざまであるように、算数との出会い方も子どもによって実にさまざま。ここでは、わが子の個人的な出会い方をいくつかお目にかけ、その多様さを考えてみたいと思います。
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ホテルの朝食で出された個包装のジャム。ストロベリー、マーマレード、ブルーベリーの3種が4個ずつで計12個、かわいかったので部屋に持って帰りました。上の子と並べたり数えたりして遊んでいると、自分もと下の子が入ってきます。
やってごらんと言うと、ジャムを指さしながら元気よく「いち! に! さん!……」と数え始めました。ところが、指さすタイミングと数を唱えるタイミングが完全にバラバラ。これでは数えられません。でも本人は楽しい旅行のさなか、会話に加われて大喜び。こんなデタラメな数かんじょうから、この子の算数は出発です。大人として、数えるというただそれだけのことがこんなに複雑な行為なのかと、しみじみと感じた一日にもなりました。
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0から9までの数字が読めるようになったわが子。73を見ると「ななさん」などと読んでいましたが、数ヶ月経つと11や12はちゃんと読めるようになりました。なんだかうれしそうで、図書館の書棚の番号に見つけると、これはじゅういちだと、わざわざ言いに来ます。でも43はやっぱり「よんさん」のまま。
さらに数ヶ月、「よんじゅうさん」も読めるようになりました。でも三桁の348なら「さんよんはち」です。ちょっとずつ、ちょっとずつ。
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それから経つこと1年半、去年の初夏のことです。不意に子どもにたずねられました。
「ねぇ、次って2022年なの?」「え……そやけど」「その次って、2023年なの?」
驚きました。こんなこと、妻も私も教えた記憶はありません。自分で頭をはたらかせ、考えたのでしょう。
2021というような大きな数は、目の前に個数や順番として提示するのは難しい。でも数詞(=数を表す言葉)を使えば、その次の数が何か、簡単に言い表すことができます。そんな抽象的な考え方の階段を、誰に手を引かれたわけでもなく、幼いわが子もいつしか上り始めていたのでした。
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食後に用意された果物は8個のイチゴです。どうやって分けたらいい? と下の子に聞いたら、少し見てから、「パパがこう、ママがこう、お姉ちゃんがこう、僕がこう」と順に2個ずつ指し示しました。正解です。手が触れたものだから、お姉ちゃんは「触らないでよ」と不服そうでしたが、当人は満足げ。本当は1つずつ形も大きさも違うイチゴですが、それを言い出すときりがなくなるから、同じ2個なら平等ということにしよう、と考えるのは私たちが持っている知恵のひとつです。仲良く分けたい時、数はこんなふうに役立てられることを、わが子も学んでいたのでした。
別の日の夕食、お皿に載ったコロッケを見て「なんでオレっちだけ2個なの?」と聞く下の子。この子に3個は多そうだったからですが、本人は少し悲しげ。1つ追加して同数にしてあげたら笑顔になりました。結局その1個には箸をつけなかったのですが(笑)、でもみんなと同じがよかったんですね。
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算数は私たちの身の回りをふわふわと漂っていて、ときどきふっと近くに降りてきます。それに気づいた子どもは、ある時はただ大人の真似をしたり、別の時は自分で意味を考えたりして、少しずつ算数の世界に分け入っていきます。
数や算数を使うと、身の回りのできごとをより正確に捉えることができます。それは私たちが自分を取り巻く世界をどう認識していくかという営みのひとつのあり方です。
わが子が、数の世界を楽しみ数を自分の味方につけて、より良い人生を歩んでくれますように。すべての子どもが、算数の世界を楽しみ算数を自分の味方につけて、豊かな人生を歩んでくれますように。

数学者
谷口 隆

神戸大学大学院理学研究科数学専攻教授。数学者。専門は整数論。子どもの誕生をきっかけに幼少時の算数の学びにも関心を持つ。著書『子どもの算数、なんでそうなる?』( 岩波科学ライブラリー、岩波書店)では、子どもが算数を考えるさまざまなエピソードを紹介、子どもの頭の中で何が起きたのかを推理し、誤りが学びの中で持つ価値について考察している。

text: Takashi Taniguchi
illustration: Yuki Maeda