『ベルファスト』愛する家族と激動の街の記憶をモノクロで描いた人生讃歌(3/25より全国公開)
北アイルランドの港町ベルファスト。この街の名前を冠したこの映画は、英国の名優で監督でもあるケネス・ブラナーの幼少期の思い出をもとにしています。現在のベルファストの街がカラーで映ったかと思うと、映画はモノクロに変わり、1960年代の終わりのこの街に舞台は移ります。ゴミ箱のフタを盾にして、木製の刀を振り回して遊ぶバディ少年は9歳。特別な遊具がなくても、自分の育った場所の界隈や空き地が彼の遊び場です。子どもたちはみんな幼なじみで、近所の人たちは親戚同然。しかし、そんな平和なコミュニティに大きな亀裂が走ろうとしていました。この時代、北アイルランドではカトリックとプロテスタントが反目し合い、分裂は暴力を生んで、バディ少年の住む小さな町を戦場に変えていきます。ロンドンに出稼ぎに行っているパ(お父さん)と、お金にだらしがないところのある夫を支える気丈なマ(お母さん)の間にも、意見の相違が生まれます。父親としては安全な場所に家族を移住させたい。でも母親からしたら、夫の両親が近くに住み、近所の人とも顔馴染みのこの場所は大事な故郷。そして両親と兄、大らかな祖父とちょっと辛辣な祖母がいるこの場所は、バディ少年にとっては世界そのもの。宗教問題に端を発する他者への不寛容、何もかもを暴力で解決しようという風潮は、家族の根幹さえも揺るがしかねない問題なのです。それでも純粋な少年の目から見たベルファストの街は美しく、家族の姿は愛に溢れています。
監督は映画をモノクロで撮った理由について、子ども時代に見ていた映画のノスタルジーだけではなく、往年のハリウッド映画の俳優のように両親を演じる俳優たちを魅惑的に撮りたかったからと語っています。とある葬儀の後、人々が集う中で当時のヒット曲「エヴァーラスティング・ラブ」で踊るバディ少年のパとマはスターのように光り輝いています。幼い子どもの目には、両親は時にこんな憧れの存在として映るのかもしれません。
山崎まどか
15歳の時に帰国子女としての経験を綴った『ビバ! 私はメキシコの転校生』で文筆家としてデビュー。女子文化全般/アメリカのユース・カルチャーをテーマに様々な分野についてのコラムを執筆。著書に『ランジェリー・イン・シネマ』(blueprint)『映画の感傷』(DU BOOKS)『真似のできない女たち ——21人の最低で最高の人生』(筑摩書房)、翻訳書に『ありがちな女じゃない』(レナ・ダナム著、河出書房新社)『カンバセーションズ・ウィズ・フレンズ』(サリー・ルーニー、早川書房)等。
Text: Madoka Yamasaki
Illustration: Naoki Ando