境界を越え、自分という存在を見つめる。リナ・バネルジーが紡ぐ、美しきディアスポラの物語

東京・表参道の「エスパス ルイ・ヴィトン東京」で、南アジア系ディアスポラを代表するアーティスト、リナ・バネルジーの個展が現在開催されている。

本展は、エスパス ルイ・ヴィトン設立20周年と、フォンダシオン ルイ・ヴィトンによる国際展開プログラム「Hors-les-murs(壁を越えて)」10周年という二つの節目を記念するもの。インスタレーション、彫刻、絵画など19点の作品を通して、人や文化、記憶が国境を越えて移動する現代を見つめ直す機会となっている。

Courtesy of the artist and Perrotin, Photo credits: Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

リナ・バネルジーの作品世界を特徴づけるのは、身近な素材が持つ圧倒的な変容力だ。綿糸やテキスタイル、羽根、ダチョウの卵、ガラスのシャンデリア、ココナッツパウダー──。世界各地から集められた日用品や自然素材は、彼女の手によって幻想的な女性像や生命力あふれるインスタレーションへと姿を変える。

Courtesy of the artist and Ota Fine Arts Singapore / Shanghai / Tokyo, Photo credits: Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

そこには、美しさだけではない。植民地主義の歴史や移民として生きる経験、アイデンティティ、気候変動、労働、そして人と物が絶えず行き交う現代社会への問いが幾重にも織り込まれている。それでも作品が決して重苦しくならないのは、どこかユーモラスで、豊かな色彩と詩情に満ちているからだ。鑑賞者はその華やかな世界に惹き込まれながら、作品が内包する複雑なメッセージに静かに向き合うことになる。

Photo credits: Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

会場の核となるのは、フォンダシオン ルイ・ヴィトンのコレクションとして初公開される、2008年制作の大規模インスタレーション《In an unnatural storm a world fertile, fragile and desirous, polluted with excess pollination…》。ジュール・ヴェルヌの『八十日間世界一周』から着想を得た本作では、天井から吊るされた巨大なドームと無数のオブジェが、旅がもたらす発見と、その裏側にある搾取や支配の歴史を象徴的に描き出す。

Courtesy of the artist and Fondation Louis Vuitton, Paris, Photo credits: Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

さらに2026年の新作絵画シリーズでは、インド細密画や中国絹絵、アステカの図像など、多様な文化の美術史を横断しながら、ヒンドゥー教の女神を想起させる女性像を描く。男性中心の視線から女性像を解放し、境界を持たない存在として再構築する試みは、ポストコロニアル・フェミニズムの視点とも深く結びついている。

Courtesy of the artist and Perrotin, Photo credits: Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

展覧会タイトル「You made me leave my happy home to become someone else anew…」には、「故郷を離れることは喪失であると同時に、新たな自分と出会う旅でもある」というバネルジーの思いが込められている。

国や文化、ルーツが交差し続ける時代だからこそ、自分とは何者なのかを問い直す機会はますます重要になっている。圧倒的な造形美に魅了されながら、世界の複雑さと希望を静かに感じ取ることができる展覧会だ。

Courtesy of the artist and Perrotin, Photo credits: Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton
Photo credits: Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton

Rina Banerjee(リナ・バネルジー)
1963年、インド・コルカタ生まれ。現在はニューヨークを拠点に活動する現代美術家。幼少期をインドとイギリスで過ごした後、7歳でアメリカへ移住。ケース・ウェスタン・リザーブ大学で高分子工学を学び、その後、イェール大学大学院で絵画・版画の修士号を取得した。工学的な視点と、多文化的なバックグラウンドを融合させた独自の表現で高い評価を受け、2000年のホイットニー・ビエンナーレへの参加を機に国際的な注目を集める。植民地主義や移住、アイデンティティ、ジェンダーなどをテーマに、インスタレーションや彫刻、絵画を通じて世界各地で作品を発表。ヴェネチア・ビエンナーレをはじめ数々の国際展に参加し、日本では今回が3度目の個展となる。

【展覧会概要】
リナ・バネルジー「“You made me leave home...」展
会期:2026年3月19日〜9月13日
会場:エスパス ルイ・ヴィトン東京
住所:東京都渋谷区神宮前5-7-5 ルイ・ヴィトン表参道ビル 7F
電話:Tel.0120 00 1854
開館時間:12:00〜20:00
休館日:ルイ・ヴィトン表参道店に準ずる
入場料:無料

TOP: Photo credits: Jérémie Souteyrat / Louis Vuitton
Text: Miki Suka