おいしいおはなし第62回『岸辺のヤービ』 友情と信頼をつなぐミルク “ アイス ” キャンディー

私の場合、ヤービと出会ったのは本屋さんで、でした。平積みに置かれた『岸辺のヤービ』の表紙に、少し得意そうな表情で草むらの中からこちらをうかがっている、白いふわふわの毛に包まれて鼻先の尖った生きものが描かれていたのです。その姿に心奪われて手に取り、迷わずお会計をして、すぐに読み始めました。

表紙を開くと見開きには物語の舞台となる場所の地図が描かれています。そして、ページをめくると《これからみなさんにお話ししようとしているのは、マッドガイド・ウォーターの岸辺に棲む、小さな生きものについてのあれこれです。》(P.7)と人間の「わたし」が語り部となって物語が始まります。「わたし」がヤービと出会ったのは、マッドガイド・ウォーターという名の小さな湖の岸辺でした。

マッドガイド・ウォーターの周辺の様子は、たとえそこに書かれている動植物を知らなくても、想像力を刺激するみずみずしく叙情的な筆致で描かれます。水辺に群生して風に揺れる灯心草、川の中に「はがねの弾丸のよう」に飛び込んでくるカワガラス、「はでで、しかも調和のある、きらびやかなもよう」のクジャクチョウに「なんともいえない新鮮ないいにおい」の水薄荷の花。そんな豊かな自然の一角で暮らしているのがヤービたちクーイ族です。彼らは「大きい人」と呼んでいる人間とは基本関わりません。ただ、世代に一人くらいの割合で異種間で会話のできるものが現れるようで、ヤービはどうやらその一人だったことが「わたし」にも読む人にも分かってきます。そして、ヤービと出会った「わたし」を介して、読む人は彼らマッドガイド・ウォーターの岸辺に暮らす小さな生きものたちのことを知ることになります。どんなところに住んで、どんなものを食べて、どんな日々を送っているのか。何を心配して、何を楽しみにしているのか。

ヤービたちに限らず、私たちすべての生きものは自然の一部であり、その恵みを分けてもらって生きています。ヤービたちの主食は、蜂の子です(ヤービのママの焼く蜂の子パイがおいしそう……!)。ところが、ヤービのいとこのセジロは、あることをきっかけに食事のいっさいを拒否するようになってしまいます。曰く《生きものは、他の生きもののいのちをうばってしか生きていられない、ってことなの》(P.40)。一言も返すことができず、ぼうぜんと家に帰るヤービ。どうしたら、セジロにごはんを食べてもらえるのか……そんな悩みを抱えていた時に「わたし」と出会い、受け取ったものがミルクキャンディーでした。ミルクはいのちを奪って手に入れた食べ物ではない、ということをママに聞いたヤービは、これならば……! とミルクキャンディーでつくったシロップをセジロに届けるのです。

物語の少し先で、ヤービたちはカゲロウの羽化に遭遇します。水面から飛び立つ無数のカゲロウを食べようと魚たちが跳びはねる様子を見て、《せっかく羽が生えたのに! 空が飛べるのに!》とヤービは悲痛な叫び声をあげます。その時セジロは、自分に言い聞かせるようにこう言うのです。《でも、いいのよきっと。同じ生きものどうしだもの》(P.130)。
この帰り道、宝石のように美しいマッドガイド・ウォーターの夕暮れの景色に遭遇してヤービのママは《世界ってなんてすばらしいんでしょう!》と感動します。この美しい地球上に生きる“いのち”の尊さを、ヤービもセジロも「わたし」も読む人も、みんなが噛み締める印象深いシーンです。

今回の一品は、セジロが食べることを取りもどすきっかけになった、ミルクキャンディーをヒントにした冷たいデザート。ヤービが初めてミルクキャンディーを味わった時、《とってもやさしくて、甘い、夢のような味》だと思います。そんなミルク味のアイスキャンディーをつくりました。溶けにくいので保冷バッグに入れて岸辺に持っていけそうです。暑い日の午後、ヤービと一緒にうっとりしながら食べたいおやつです。

〔材料〕

(3~4人分)
練乳……大さじ4と1/2
いちご……150g
水……200㎖
粉ゼラチン……4g

〔つくり方〕
  • 下ごしらえ。
    いちごは洗ってへたをおとし、1/4程度に切って練乳大さじ1/2をからませ、10分ほどおく。
  • ミルク液をつくる。
    小鍋に水を入れ、残りの練乳を加えてよく溶かす。ゼラチンを振り入れて弱火にかける。スプーンで混ぜながら溶かし、火を止めて粗熱をとる。
  • 固める。
    容量400㎖くらいの製氷皿かバットを用意し、いちごを均等に並べる。❷の小鍋の底を氷水にあてて冷やし、とろみがついてきたらハンドミキサーでふわっとするまで混ぜる。いちごを並べた容器に流し入れたら、容器を2回ほどテーブルに軽く打ち付けて表面を平らにならす。冷凍庫で3時間以上冷やす。製氷皿でつくった場合は、外して器に盛る。バットの場合は、包丁で食べやすい大きさに切り分けて盛る。

いちごの代わりにパイナップルやマンゴーなどもおいしいです。甘みが強い果物でアレンジしてみてください。

『岸辺のヤービ』
梨木香歩著/福音館書店
マッドガイド・ウォーターという湖の近くの寄宿学校の先生である「わたし」は、ボートで読書をしていた時に不思議な生きものと出会います。2本足で立ち、ふわふわの毛に包まれた彼の名はヤービ。ミルクキャンディーを縁に交流が始まり、「わたし」はヤービから彼らとその仲間たちの暮らしについて教えてもらうようになります。

料理と文:本とごちそう研究室
写真:加藤新作
スタイリング:荻野玲子