LIBRARYパリ暮らしの言葉ノート2025.09.24

cahier de vocablaire パリ暮らしの言葉ノート Vol.4 — 守屋百合香

パリでフラワースタイリストとして活躍する守屋百合香さんが、日々の中で出会ったり使ったりするフランス語の単語をキーワードに綴るエッセイ。暮らす人ならではの視点や嗅覚で、パリの空気やフランスの文化を切り取ります。もちろん、フランスの花事情にも注目。各単語の後ろのn.m.は男性名詞の意味、n.f.は女性名詞の意味。

Souffle (n.m)(スフル)[呼吸、息]
パリで過ごす夏。せっかくなので重い腰を上げ、友人の勧めで初心者向けという陰ヨガに挑戦してみた。すると、悩まされていた慢性的な頭痛が軽くなり、気分まで晴れやかに。以前からヨガに興味があった夫も誘い、今では一緒に通うようになった。日々、体調や気持ちが整っていくのを少しずつ実感している。
ヨガスタジオには、想像以上に多くの人が集まってくる。男女比はほぼ半々。マットを肩から提げて、仕事の前後に通う人も珍しくない。美容目的よりも、心身の調和を重視する人が目立つ。友人曰く、レッスン料を福利厚生で補助する企業も増えているそうで、ウェルネスはもはや特別なブームではなく、すでにパリジャンの日常に浸透している。
フランスの人たちは、働きすぎず、自分の体や心のために時間を使うのが上手だと感じる。太陽の光が真っ直ぐに届く青空の下、身体を伸ばして深呼吸すると、内側からエネルギーが湧き上がってくる。静かな余白の時間が、日常をより豊かに、深く味わわせてくれる。

Bon appétit(間投詞)(ボナペティ)[召し上がれ]
10年来の友人が暮らすシャロン=シュル=ソーヌへ、息子と訪れた。出会った頃はお互い独身で、彼女は写真、私は花を学んでいた。それから互いに母となっても交流は続き、この夏、彼女の義実家に招かれることになった。
フランス人家庭で過ごす経験は、新鮮な発見の連続だった。特に印象深かったのは、食文化とマモン(義母)のあたたかなもてなし。毎朝7時、パン屋が開くと同時にバゲットやクロワッサンなどのヴィエノワズリーを買いに出かけ、8時には山盛りのパン、バターや数種類のコンフィチュール、ヌテラ、はちみつ、ヨーグルトがテーブルに並ぶ。まるでホテルの朝食のようだが、日常の習慣だという。
昼はキッシュが定番で、日によって具材やチーズが変わる。おやつには子どもたちとパウンドケーキを焼くこともある。夜には、午後から仕込んでいたラタトゥイユを囲み、新しいワインを試しながら感想を交わす。スペインに住む友人の義姉も加わり、国ごとの子育て事情についても話題が広がる。オーブン料理は、作る人も一緒に食卓に加われるため、自然と家族全員で会話が弾むのだ。食器も年代物やストーリーのあるものばかりで、家庭のこだわりや趣味が伝わってくる。
パリでもホームパーティーは盛んだが、共働き世代の家庭の食卓はよりカジュアルで、デリバリーや持ち寄りも多い。それでも、地方での数日間は、フランス人のおもてなしや、家族や友人との時間を大切にするルーツを感じさせ、食事以上の温かさが心に残る、贅沢なひとときだった。

Lumière (n.f.)(リュミエール)[光]
パリ郊外には名建築が点在しており、建築めぐりも楽しめる。アアルトのMaison Louis Carréはディテールまで洗練されており、帰りに車で立ち寄った森の小径では、大きなヤドリギが落ちていて、少し分けてもらった。Villa Savoyeでは、光の浴槽のようなテラスで子が駆け回る姿が眩しかった。
日差しの和らいだ午後には、ヴァンセンヌの森でピクニック。息子が熱望していたボートを漕ぐ。意外と重労働で、手にマメができたものの、水面を渡る風に涼を感じる。レジャーシートに寝転び、木漏れ日に目を細めながら、長い間積読だった『百年の孤独』に没頭する。夫と単行本を交換して読み進めるのも、ささやかな楽しみだ。
夜は、ヴィレットで例年行われる野外映画祭「Cinema en plein air」へ。芝生に腰を下ろすと、映画館とは違う開放感が広がり、周囲の笑い声や夜風が心地よい。
街を歩けば、ふとした瞬間にポストカードのような景色が目に飛び込んでくる。いまだにセーヌやエッフェル塔を見るたびにカメラを構えてしまう自分は、永遠の観光客のようだ。街の美しさに触れるたび、人生のご褒美をもらったように感じる。
小さな感動、小さな非日常が連なって、パリの夏を特別なものにしてくれる。光や風、美しいものに満たされた時間は穏やかに記憶に刻まれて、次の季節へと移ろってゆく。

framboiser (n.m.)(フランボワジエ)[木苺]
フランボワジエがランジス市場のフォイヤジスト(枝物・葉物の専門卸)に出てくると、夏を感じる。明度の高いグリーンは太陽を彷彿とさせ、葉脈の凹凸がはっきりしており、葉物というよりも花のような華やかさを持つ。刺さると地味に痛い、茎の棘には要注意。生産者から直接運ばれてくるものには特に立派な棘がついているので、必ずナイフで棘を取り除く。タイミングによっては実つきのものもあり、森の宝石を見つけたような気持ちで嬉しくなる。マルシェで見る真っ赤なフランボワーズとは違って、まだ熟す前の透けた果実は指先で触れると今にも弾けそうで、太陽の光を閉じ込めたよう。どんな花に合わせても爽やかさをもたらすフランボワジエだが、主役級に束ねてエレムルスやアーティチョークを合わせ、その生命力を存分に活かしたアレンジがお気に入りだ。

フラワースタイリスト
守屋百合香

パリのフローリストでの研修、インテリアショップ勤務を経て、独立。東京とパリを行き来しながら活動する。パリコレ装花をはじめとした空間装飾、撮影やショーピースのスタイリング、オンラインショップ、レッスンなどを行いながら、雑誌などでコラム執筆も。様々な活動を通して、花やヴィンテージを取り入れた詩情豊かなライフスタイルを提案している。
Instagram:@maisonlouparis
MAISON LOU paris

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